坐っていた。話が途切れた時はひそりとして、柱時計の振子の音だけが聞える事も稀《まれ》ではなかった。
それでも夫婦はこの間に小六の事を相談した。小六がもしどうしても学問を続ける気なら無論の事、そうでなくても、今の下宿を一時引き上げなければならなくなるのは知れているが、そうすればまた佐伯へ帰るか、あるいは宗助の所へ置くよりほかに途《みち》はない。佐伯ではいったんああ云い出したようなものの、頼んで見たら、当分|宅《うち》へ置くぐらいの事は、好意上してくれまいものでもない。が、その上修業をさせるとなると、月謝小遣その他は宗助の方で担任《たんにん》しなければ義理が悪い。ところがそれは家計上宗助の堪《た》えるところでなかった。月々の収支を事細かに計算して見た両人《ふたり》は、
「とうてい駄目だね」
「どうしたって無理ですわ」と云った。
夫婦の坐《すわ》っている茶の間の次が台所で、台所の右に下女部屋、左に六畳が一間《ひとま》ある。下女を入れて三人の小人数《こにんず》だから、この六畳には余り必要を感じない御米は、東向の窓側にいつも自分の鏡台を置いた。宗助も朝起きて顔を洗って、飯を済ますと、ここへ来て着物を脱《ぬ》ぎ更《か》えた。
「それよりか、あの六畳を空《あ》けて、あすこへ来ちゃいけなくって」と御米が云い出した。御米の考えでは、こうして自分の方で部屋と食物だけを分担して、あとのところを月々いくらか佐伯から助《すけ》て貰《もら》ったら、小六の望み通り大学卒業までやって行かれようと云うのである。
「着物は安さんの古いのや、あなたのを直して上げたら、どうかなるでしょう」と御米が云い添えた。実は宗助にもこんな考が、多少頭に浮かんでいた。ただ御米に遠慮がある上に、それほど気が進まなかったので、つい口へ出さなかったまでだから、細君からこう反対《あべこべ》に相談を掛けられて見ると、固《もと》よりそれを拒《こば》むだけの勇気はなかった。
小六にその通りを通知して、御前さえそれで差支《さしつかえ》なければ、おれがもう一遍佐伯へ行って掛合って見るがと、手紙で問い合せると、小六は郵便の着いた晩、すぐ雨の降る中を、傘《からかさ》に音を立ててやって来て、もう学資ができでもしたように嬉《うれ》しがった。
「何、叔母さんの方じゃ、こっちでいつまでもあなたの事を放り出したまんま、構わずにおくもんだから、そ
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