らしい返事をしたが、それを緒《いとくち》に、子供の世話の焼けて、夥《おびた》だしく手のかかる事などをいろいろ宗助に話して聞かした。その中《うち》で綺麗《きれい》な支那製の花籃《はなかご》のなかへ炭団《たどん》を一杯|盛《も》って床の間に飾ったと云う滑稽《こっけい》と、主人の編上の靴のなかへ水を汲み込んで、金魚を放したと云う悪戯《いたずら》が、宗助には大変耳新しかった。しかし、女の子が多いので服装に物が要《い》るとか、二週間も旅行して帰ってくると、急にみんなの背が一寸《いっすん》ずつも伸びているので、何だか後《うしろ》から追いつかれるような心持がするとか、もう少しすると、嫁入の支度で忙殺《ぼうさつ》されるのみならず、きっと貧殺《ひんさつ》されるだろうとか云う話になると、子供のない宗助の耳にはそれほどの同情も起し得なかった。かえって主人が口で子供を煩冗《うるさ》がる割に、少しもそれを苦にする様子の、顔にも態度にも見えないのを羨《うらや》ましく思った。
好い加減な頃を見計《みはから》って宗助は、せんだって話のあった屏風《びょうぶ》をちょっと見せて貰えまいかと、主人に申し出た。主人はさっそく引き受けて、ぱちぱちと手を鳴らして、召使を呼んだが、蔵《くら》の中にしまってあるのを取り出して来るように命じた。そうして宗助の方を向いて、
「つい二三日前までそこへ立てておいたのですが、例の子供が面白半分にわざと屏風の影へ集まって、いろいろな悪戯をするものですから、傷でもつけられちゃ大変だと思ってしまい込んでしまいました」と云った。
宗助は主人のこの言葉を聞いた時、今更|手数《てかず》をかけて、屏風を見せて貰うのが、気の毒にもなり、また面倒にもなった。実を云うと彼の好奇心は、それほど強くなかったのである。なるほどいったん他《ひと》の所有に帰したものは、たとい元が自分のであったにしろ、無かったにしろ、そこを突き留めたところで、実際上には何の効果もない話に違なかった。
けれども、屏風は宗助の申し出た通り、間もなく奥から縁伝いに運び出されて、彼の眼の前に現れた。そうしてそれが予想通りついこの間まで自分の座敷に立ててあった物であった。この事実を発見した時、宗助の頭には、これと云って大した感動も起らなかった。ただ自分が今坐っている畳の色や、天井の柾目《まさめ》や、床の置物や、襖《ふすま》の模
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