、大事に飾っておいた事やら話した末、
「まあ台所《だいどこ》で使う食卓《ちゃぶだい》か、たかだか新《あら》の鉄瓶《てつびん》ぐらいしか、あんな所じゃ買えたもんじゃありません」と云った。
 そのうち二人は坂の上へ出た。坂井はそこを右へ曲る、宗助はそこを下へ下りなければならなかった。宗助はもう少しいっしょに歩いて、屏風《びょうぶ》の事を聞きたかったが、わざわざ回《まわ》り路《みち》をするのも変だと心づいて、それなり分れた。分れる時、
「近い中《うち》御邪魔に出てもようございますか」と聞くと、坂井は、
「どうぞ」と快よく答えた。
 その日は風もなくひとしきり日も照ったが、家《うち》にいると底冷《そこびえ》のする寒さに襲《おそ》われるとか云って、御米はわざわざ置炬燵《おきごたつ》に宗助の着物を掛けて、それを座敷の真中に据《す》えて、夫の帰りを待ち受けていた。
 この冬になって、昼のうち炬燵《こたつ》を拵《こし》らえたのは、その日が始めてであった。夜は疾《と》うから用いていたが、いつも六畳に置くだけであった。
「座敷の真中にそんなものを据えて、今日はどうしたんだい」
「でも、御客も何もないからいいでしょう。だって六畳の方は小六《ころく》さんがいて、塞《ふさ》がっているんですもの」
 宗助は始めて自分の家に小六のいる事に気がついた。襯衣《シャツ》の上から暖かい紡績織《ぼうせきおり》を掛けて貰って、帯をぐるぐる巻きつけたが、
「ここは寒帯だから炬燵でも置かなくっちゃ凌《しの》げない」と云った。小六の部屋になった六畳は、畳こそ奇麗《きれい》でないが、南と東が開《あ》いていて、家中《うちじゅう》で一番暖かい部屋なのである。
 宗助は御米の汲《く》んで来た熱い茶を湯呑《ゆのみ》から二口ほど飲んで、
「小六はいるのかい」と聞いた。小六は固《もと》よりいたはずである。けれども六畳はひっそりして人のいるようにも思われなかった。御米が呼びに立とうとするのを、用はないからいいと留めたまま、宗助は炬燵|蒲団《ぶとん》の中へ潜《もぐ》り込んで、すぐ横になった。一方口《いっぽうぐち》に崖を控えている座敷には、もう暮方の色が萌《きざ》していた。宗助は手枕をして、何を考えるともなく、ただこの暗く狭い景色《けしき》を眺《なが》めていた。すると御米と清が台所で働く音が、自分に関係のない隣の人の活動のごとくに聞
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