やしまいかと思われるほど、小六から見ると、消極的な暮し方をしていた。
「こんな紙じゃ、またすぐ破けますね」と云いながら、小六は巻いた小口を一尺ほど日に透《す》かして、二三度力任せに鳴らした。
「そう? でも宅《うち》じゃ小供がないから、それほどでもなくってよ」と答えた御米は糊を含ました刷毛《はけ》を取ってとんとんとんと桟の上を渡した。
 二人は長く継《つ》いだ紙を双方から引き合って、なるべく垂《た》るみのできないように力《つと》めたが、小六が時々面倒臭そうな顔をすると、御米はつい遠慮が出て、好加減《いいかげん》に髪剃《かみそり》で小口を切り落してしまう事もあった。したがってでき上ったものには、所々のぶくぶくがだいぶ目についた。御米は情《なさけ》なさそうに、戸袋に立て懸《か》けた張り立ての障子を眺《なが》めた。そうして心の中《うち》で、相手が小六でなくって、夫であったならと思った。
「皺《しわ》が少しできたのね」
「どうせ僕の御手際《おてぎわ》じゃ旨《うま》く行かない」
「なに兄さんだって、そう御上手じゃなくってよ。それに兄さんはあなたよりよっぽど無精《ぶしょう》ね」
 小六は何にも答えなかった。台所から清《きよ》が持って来た含嗽茶碗《うがいぢゃわん》を受け取って、戸袋の前へ立って、紙が一面に濡《ぬ》れるほど霧を吹いた。二枚目を張ったときは、先に霧を吹いた分がほぼ乾いて皺《しわ》がおおかた平らになっていた。三枚目を張ったとき、小六は腰が痛くなったと云い出した。実を云うと御米の方は今朝《けさ》から頭が痛かったのである。
「もう一枚張って、茶の間だけ済ましてから休みましょう」と云った。
 茶の間を済ましているうちに午《ひる》になったので、二人は食事を始めた。小六が引き移ってからこの四五日《しごんち》、御米は宗助《そうすけ》のいない午飯《ひるはん》を、いつも小六と差向《さしむかい》で食べる事になった。宗助といっしょになって以来、御米の毎日|膳《ぜん》を共にしたものは、夫よりほかになかった。夫の留守の時は、ただ独《ひと》り箸《はし》を執《と》るのが多年の習慣《ならわし》であった。だから突然この小舅《こじゅうと》と自分の間に御櫃《おはち》を置いて、互に顔を見合せながら、口を動かすのが、御米に取っては一種|異《い》な経験であった。それも下女が台所で働らいているときは、まだしもだが
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