》という――これも偉い人で、やはり私の教えた人でありますが――その人が何でも弁論部の方と御懇意《ごこんい》だというので、その安倍能成君を通じての御依頼であります。その時私は実は御断りをしたかった。というのは、近来頭の具合が悪い。というよりも、頭の働き方がこういう所へ参って、組織立った御話をするに適しないようになっております。――一口に言えば、面倒臭《めんどうくさ》いので、一応は御断りを致したのであります。けれども私の断り方がよほど正直だったので、――是非遣らなければならないならば出るが、まあどうか許してもらいたい――こういう風に返辞をした。ところが是非遣らなければならんから出ろ、というのです。後から考えると、余り私が正直過ぎたと思います。尤《もっと》も、是非遣らなければならんというのはどういう訳だ、といって問い詰めるほどの問題でもありませんから、遣らなければならんものとして出て参りました。安倍君は君子であります。頼んだ事は引き受けさせようという方の君子。速水君も君子であります。これは頼まない方の君子、遠慮された方の君子でありますが。そういう訳で今日は出ましたので、演説をする前に言訳《い
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