間だという心持が、今日《こんにち》までまだ会った事もない幽霊のようなものを見つめているうちに起った。極《きわ》めて縁の遠いものはかえって縁の近いものだったという事実が彼の眼前に現われた。
彼はそこでとまった。そうして※[#「彳+低のつくり」、第3水準1−84−31]徊《ていかい》した。けれどもそれより先へは一歩も進まなかった。彼は彼相応の意味で、この気味の悪い手紙を了解したというまでであった。
彼が原稿紙から煙草の灰を払い落した時、原を相手に何か話し続けていた小林はすぐ彼の方を向いた。用談を切り上げるためらしい言葉がただ一句彼の耳に響いた。
「なに大丈夫だ。そのうちどうにかなるよ、心配しないでもいいや」
津田は黙って手紙を小林の方へ出した。小林はそれを受け取る前に訊いた。
「読んだか」
「うん」
「どうだ」
津田は何とも答えなかった。しかし一応相手の主意を確かめて見る必要を感じた。
「いったい何のためにそれを僕に読ませたんだ」
小林は反問した。
「いったい何のために読ませたと思う」
「僕の知らない人じゃないか、それを書いた人は」
「無論知らない人さ」
「知らなくってもいいとして、僕に何か関係があるのか」
「この男がか、この手紙がか」
「どっちでも構わないが」
「君はどう思う」
津田はまた躊躇《ちゅうちょ》した。実を云うと、それは手紙の意味が彼に通じた証拠であった。もっと明暸《めいりょう》にいうと、自分は自分なりにその手紙を解釈する事ができたという自覚が彼の返事を鈍《にぶ》らせたのと同様であった。彼はしばらくして云った。
「君のいう意味なら、僕には全く無関係だろう」
「僕のいう意味とは何だ?」
「解らないか」
「解らない。云って見ろ」
「いや、――まあ止《よ》そう」
津田は先刻《さっき》の絵と同じ意味で、小林がこの手紙を自分の前に突きつけるのではなかろうかと疑った。何《なん》でもかでも彼を物質上の犠牲者にし終《おお》せた上で、後《あと》からざまを見ろ、とうとう降参したじゃないかという態度に出られるのは、彼にとって忍ぶべからざる侮辱であった。いくら貧乏の幽霊で威嚇《おどか》したってその手に乗るものかという彼の気慨が、自然小林の上に働らきかけた。
「それより君の方でその主意を男らしく僕に説明したらいいじゃないか」
「男らしく? ふん」と云っていったん言葉を句
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