「清子さんが今どこにいらっしゃるか、あなた知ってらっしって」
「関の所にいるじゃありませんか」
「そりゃ不断の話よ。私《わたし》のいうのは今の事よ。今どこにいらっしゃるかっていうのよ。東京か東京でないか」
「存じません」
「あてて御覧なさい」
津田はあてっこをしたってつまらないという風をして黙っていた。すると思いがけない場所の名前が突然夫人の口から点出された。一日がかりで東京から行かれるかなり有名なその温泉場の記憶は、津田にとってもそれほど旧《ふる》いものではなかった。急にその辺《あたり》の景色《けしき》を思い出した彼は、ただ「へええ」と云ったぎり、後をいう智恵が出なかった。
夫人は津田のために親切な説明を加えてくれた。彼女の云うところによると、目的の人は静養のため、当分そこに逗留《とうりゅう》しているのであった。夫人は何で静養がその人に必要であるかをさえ知っていた。流産後の身体《からだ》を回復するのが主眼だと云って聴《き》かせた夫人は、津田を見て意味ありげに微笑した。津田は腹の中でほぼその微笑を解釈し得たような気がした。けれどもそんな事は、夫人にとっても彼にとっても、目前の問題ではなかった。一口の批評を加える気にもならなかった彼は、黙って夫人の聴き手になるつもりでおとなしくしていた。同時に夫人は第三の段落に飛び移った。
「あなたもいらっしゃいな」
津田の心はこの言葉を聴く前からすでに揺《うご》いていた。しかし行こうという決心は、この言葉を聴いた後《あと》でもつかなかった。夫人は一煽《ひとあお》りに煽った。
「いらっしゃいよ。行ったって誰の迷惑になる事でもないじゃありませんか。行って澄ましていればそれまででしょう」
「それはそうです」
「あなたはあなたで始めっから独立なんだから構った事はないのよ。遠慮だの気兼《きがね》だのって、なまじ余計なものを荷にし出すと、事が面倒になるだけですわ。それにあなたの病気には、ここを出た後で、ああいう所へちょっと行って来る方がいいんです。私に云わせれば、病気の方だけでも行く必要は充分あると思うんです。だから是非いらっしゃい。行って天然自然来たような顔をして澄ましているんです。そうして男らしく未練の片《かた》をつけて来るんです」
夫人は旅費さえ出してやると云って津田を促《うな》がした。
百四十一
旅費を貰
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