利害をよく心得ている男は世間にたんとないんだ。ただ心得てるばかりじゃない、君はそうした心得の下《もと》に、朝から晩まで寝たり起きたりしていられる男なんだ。少くともそうしなければならないと始終《しじゅう》考えている男なんだ。好いかね。その君にして――」
津田は面倒臭そうに小林を遮《さえ》ぎった。
「よし解《わか》った。解ったよ。つまり他《ひと》と衝突するなと注意してくれるんだろう。ことに君と衝突しちゃ僕の損になるだけだから、なるべく事を穏便《おんびん》にしろという忠告なんだろう、君の主意は」
小林は惚《とぼ》けた顔をしてすまし返った。
「何僕と? 僕はちっとも君と喧嘩をする気はないよ」
「もう解ったというのに」
「解ったらそれでいいがね。誤解のないように注意しておくが、僕は先刻《さっき》からお秀さんの事を問題にしているんだぜ、君」
「それも解ってるよ」
「解ってるって、そりゃ京都の事だろう。あっちが不首尾になるという意味だろう」
「もちろんさ」
「ところが君それだけじゃないぜ。まだほかにも響いて来るんだぜ、気をつけないと」
小林はそこで句を切って、自分の言葉の影響を試験するために、津田の顔を眺めた。津田ははたして平気でいる事ができなかった。
百二十
小林はここだという時機を捕《つら》まえた。
「お秀さんはね君」と云い出した時の彼は、もう津田を擒《とりこ》にしていた。
「お秀さんはね君、先生の所へ来る前に、もう一軒ほかへ廻って来たんだぜ。その一軒というのはどこの事だか、君に想像がつくか」
津田には想像がつかなかった。少なくともこの事件について彼女が足を運びそうな所は、藤井以外にあるはずがなかった。
「そんな所は東京にないよ」
「いやあるんだ」
津田は仕方なしに、頭の中でまたあれかこれかと物色して見た。しかしいくら考えても、見当らないものはやッぱり見当らなかった。しまいに小林が笑いながら、その宅《うち》の名を云った時に、津田ははたして驚ろいたように大きな声を出した。
「吉川? 吉川さんへまたどうして行ったんだろう。何にも関係がないじゃないか」
津田は不思議がらざるを得なかった。
ただ吉川と堀を結びつけるだけの事なら、津田にも容易にできた。強い空想の援《たすけ》に依る必要も何にもなかった。津田夫婦の結婚するとき、表向《おもてむき》媒妁《ば
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