》ったなり、どうでもこうでも、この問題を解決しなければならなくなった。
 しかも傍《はた》から見たその問題はけっして重要なものとは云えなかった。遠くから冷静に彼らの身分と境遇を眺める事のできる地位に立つ誰の眼にも、小さく映らなければならない程度のものに過ぎなかった。彼らは他《ひと》から注意を受けるまでもなくよくそれを心得ていた。けれども彼らは争わなければならなかった。彼らの背後《せなか》に背負《しょ》っている因縁《いんねん》は、他人に解らない過去から複雑な手を延ばして、自由に彼らを操《あやつ》った。
 しまいに津田とお秀の間に下《しも》のような問答が起った。
「始めから黙っていれば、それまでですけれども、いったん云い出しておきながら、持って来た物を渡さずにこのまま帰るのも心持が悪うござんすから、どうか取って下さいよ。兄さん」
「置いて行きたければ置いといでよ」
「だから取るようにして取って下さいな」
「いったいどうすればお前の気に入るんだか、僕には解らないがね、だからその条件をもっと淡泊《たんぱく》に云っちまったらいいじゃないか」
「あたし条件なんてそんなむずかしいものを要求してやしません。ただ兄さんが心持よく受取って下されば、それでいいんです。つまり兄妹《きょうだい》らしくして下されば、それでいいというだけです。それからお父さんにすまなかったと本気に一口《ひとくち》おっしゃりさえすれば、何でもないんです」
「お父さんには、とっくの昔にもうすまなかったと云っちまったよ。お前も知ってるじゃないか。しかも一口や二口じゃないやね」
「けれどもあたしの云うのは、そんな形式的のお詫《わび》じゃありません。心からの後悔です」
 津田はたかがこれしきの事にと考えた。後悔などとは思いも寄らなかった。
「僕の詫|様《よう》が空々《そらぞら》しいとでも云うのかね、なんぼ僕が金を欲しがるったって、これでも一人前《いちにんまえ》の男だよ。そうぺこぺこ頭を下げられるものか、考えても御覧な」
「だけれども、兄さんは実際お金が欲しいんでしょう」
「欲しくないとは云わないさ」
「それでお父さんに謝罪《あやま》ったんでしょう」
「でなければ何も詫《あやま》る必要はないじゃないか」
「だからお父さんが下さらなくなったんですよ。兄さんはそこに気がつかないんですか」
 津田は口を閉じた。お秀はすぐ乗《の》
前へ 次へ
全373ページ中197ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング