由雄さんが厳格だって、まさか怒りゃしまい」
「怒るなんて、……」
「まあいいや、これも陰陽和合のためだ。試しに持ってッてみるさ」
お延が礼を云って書物を膝《ひざ》の上に置くと、叔父はまた片々《かたかた》の手に持った小さい紙片《かみぎれ》を彼女の前に出した。
「これは先刻《さっき》お前を泣かした賠償金《ばいしょうきん》だ。約束だからついでに持っておいで」
お延は叔父の手から紙片を受取らない先に、その何であるかを知った。叔父はことさらにそれをふり廻した。
「お延、これは陰陽不和になった時、一番よく利《き》く薬だよ。たいていの場合には一服呑むとすぐ平癒《へいゆ》する妙薬だ」
お延は立っている叔父を見上げながら、弱い調子で抵抗した。
「陰陽不和じゃないのよ。あたし達のは本当の和合なのよ」
「和合ならなお結構だ。和合の時に呑めば、精神がますます健全になる。そうして身体《からだ》はいよいよ強壮になる。どっちへ転んでも間違のない妙薬だよ」
叔父の手から小切手を受け取って、じっとそれを見つめていたお延の眼に涙がいっぱい溜《たま》った。
七十七
お延は叔父の送らせるという俥《くるま》を断った。しかし停留所まで自身で送ってやるという彼の好意を断りかねた。二人はついに連れ立って長い坂を河縁《かわべり》の方へ下りて行った。
「叔父さんの病気には運動が一番いいんだからね。――なに歩くのは自分の勝手さ」
肥っていて呼息《いき》が短いので、坂を上《のぼ》るときおかしいほど苦しがる彼は、まるで帰りを忘れたような事を云った。
二人は途々夜の更《ふ》けた昨夕《ゆうべ》の話をした。仮寝《うたたね》をして突ッ伏していたお時の様子などがお延の口に上った。もと叔父の家《うち》にいたという縁故で、新夫婦|二人《ふたり》ぎりの家庭に住み込んだこの下女に対して、叔父は幾分か周旋者の責任を感じなければならなかった。
「ありゃ叔母さんがよく知ってるが、正直で好い女なんだよ。留守《るす》なんぞさせるには持って来いだって受合ったくらいだからね。だが独《ひと》りで寝ちまっちゃ困るね、不用心で。もっともまだ年歯《とし》が年歯だからな。眠い事も眠いだろうよ」
いくら若くっても、自分ならそんな場合にぐっすり寝込まれる訳のものでないという事をよく承知していたお延は、叔父のこの想《おも》いやりをただ
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