《す》えられた洋卓《テーブル》の上に一台の顕微鏡《けんびきょう》が載っていた。医者と懇意な彼は先刻《さっき》診察所へ這入《はい》った時、物珍らしさに、それを覗《のぞ》かせて貰《もら》ったのである。その時八百五十倍の鏡の底に映ったものは、まるで図に撮影《と》ったように鮮《あざ》やかに見える着色の葡萄状《ぶどうじょう》の細菌であった。
 津田は袴を穿《は》いてしまって、その洋卓の上に置いた皮の紙入を取り上げた時、ふとこの細菌の事を思い出した。すると連想が急に彼の胸を不安にした。診察所を出るべく紙入を懐《ふところ》に収めた彼はすでに出ようとしてまた躊躇《ちゅうちょ》した。
「もし結核性のものだとすると、たとい今おっしゃったような根本的な手術をして、細い溝《みぞ》を全部腸の方へ切り開いてしまっても癒らないんでしょう」
「結核性なら駄目です。それからそれへと穴を掘って奥の方へ進んで行くんだから、口元だけ治療したって役にゃ立ちません」
 津田は思わず眉《まゆ》を寄せた。
「私《わたし》のは結核性じゃないんですか」
「いえ、結核性じゃありません」
 津田は相手の言葉にどれほどの真実さがあるかを確かめようとして、ちょっと眼を医者の上に据《す》えた。医者は動かなかった。
「どうしてそれが分るんですか。ただの診察で分るんですか」
「ええ。診察《み》た様子で分ります」
 その時看護婦が津田の後《あと》に廻った患者の名前を室《へや》の出口に立って呼んだ。待ち構えていたその患者はすぐ津田の背後に現われた。津田は早く退却しなければならなくなった。
「じゃいつその根本的手術をやっていただけるでしょう」
「いつでも。あなたの御都合の好い時でようござんす」
 津田は自分の都合を善く考えてから日取をきめる事にして室外に出た。

        二

 電車に乗った時の彼の気分は沈んでいた。身動きのならないほど客の込み合う中で、彼は釣革《つりかわ》にぶら下りながらただ自分の事ばかり考えた。去年の疼痛《とうつう》がありありと記憶の舞台《ぶたい》に上《のぼ》った。白いベッドの上に横《よこた》えられた無残《みじめ》な自分の姿が明かに見えた。鎖を切って逃げる事ができない時に犬の出すような自分の唸《うな》り声が判然《はっきり》聴えた。それから冷たい刃物の光と、それが互に触れ合う音と、最後に突然両方の肺臓から一度に
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