になろうとも大した違にゃならないし、また日曜を繰《く》り上げて明日《あした》にしたところで、明後日《あさって》にしたところで、やっぱり同じ事なんだ。そこへ行くとまあ楽な病気だね」
「あんまり楽でもないわあなた、一週間も寝たぎりで動く事ができなくっちゃ」
 細君はまたぴくぴくと眉を動かして見せた。津田はそれに全く無頓着《むとんじゃく》であると云った風に、何か考えながら、二人の間に置かれた長火鉢《ながひばち》の縁《ふち》に右の肘《ひじ》を靠《も》たせて、その中に掛けてある鉄瓶《てつびん》の葢《ふた》を眺めた。朱銅《しゅどう》の葢の下では湯の沸《たぎ》る音が高くした。
「じゃどうしても御勤めを一週間ばかり休まなくっちゃならないわね」
「だから吉川《よしかわ》さんに会って訳を話して見た上で、日取をきめようかと思っているところだ。黙って休んでも構わないようなもののそうも行かないから」
「そりゃあなた御話しになる方がいいわ。平生《ふだん》からあんなに御世話になっているんですもの」
「吉川さんに話したら明日《あした》からすぐ入院しろって云うかも知れない」
 入院という言葉を聞いた細君は急に細い眼を広げるようにした。
「入院? 入院なさるんじゃないでしょう」
「まあ入院さ」
「だって小林さんは病院じゃないっていつかおっしゃったじゃないの。みんな外来の患者ばかりだって」
「病院というほどの病院じゃないが、診察所の二階が空《あ》いてるもんだから、そこへ入《は》いる事もできるようになってるんだ」
「綺麗《きれい》?」
 津田は苦笑した。
「自宅《うち》よりは少しあ綺麗かも知れない」
 今度は細君が苦笑した。

        五

 寝る前の一時間か二時間を机に向って過ごす習慣になっていた津田はやがて立ち上った。細君は今まで通りの楽な姿勢で火鉢《ひばち》に倚《よ》りかかったまま夫を見上げた。
「また御勉強?」
 細君は時々立ち上がる夫に向ってこう云った。彼女がこういう時には、いつでもその語調のうちに或物足らなさがあるように津田の耳に響いた。ある時の彼は進んでそれに媚《こ》びようとした。ある時の彼はかえって反感的にそれから逃《のが》れたくなった。どちらの場合にも、彼の心の奥底には、「そう御前のような女とばかり遊んじゃいられない。おれにはおれでする事があるんだから」という相手を見縊《みくび》
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