ら》。流せ流せ」と囃《はや》している。舳《へさき》へ行って見たら、水夫が大勢寄って、太い帆綱《ほづな》を手繰《たぐ》っていた。
自分は大変心細くなった。いつ陸《おか》へ上がれる事か分らない。そうしてどこへ行くのだか知れない。ただ黒い煙《けぶり》を吐いて波を切って行く事だけはたしかである。その波はすこぶる広いものであった。際限《さいげん》もなく蒼《あお》く見える。時には紫《むらさき》にもなった。ただ船の動く周囲《まわり》だけはいつでも真白に泡《あわ》を吹いていた。自分は大変心細かった。こんな船にいるよりいっそ身を投げて死んでしまおうかと思った。
乗合《のりあい》はたくさんいた。たいていは異人のようであった。しかしいろいろな顔をしていた。空が曇って船が揺れた時、一人の女が欄《てすり》に倚《よ》りかかって、しきりに泣いていた。眼を拭く手巾《ハンケチ》の色が白く見えた。しかし身体《からだ》には更紗《さらさ》のような洋服を着ていた。この女を見た時に、悲しいのは自分ばかりではないのだと気がついた。
ある晩|甲板《かんぱん》の上に出て、一人で星を眺めていたら、一人の異人が来て、天文学を知ってる
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