はまず鈴を鳴らしておいて、すぐにしゃがんで柏手《かしわで》を打つ。たいていはこの時梟が急に鳴かなくなる。それから母は一心不乱に夫の無事を祈る。母の考えでは、夫が侍《さむらい》であるから、弓矢の神の八幡《はちまん》へ、こうやって是非ない願《がん》をかけたら、よもや聴《き》かれぬ道理はなかろうと一図《いちず》に思いつめている。
 子供はよくこの鈴の音で眼を覚《さ》まして、四辺《あたり》を見ると真暗だものだから、急に背中で泣き出す事がある。その時母は口の内で何か祈りながら、背を振ってあやそうとする。すると旨《うま》く泣《な》きやむ事もある。またますます烈《はげ》しく泣き立てる事もある。いずれにしても母は容易に立たない。
 一通《ひととお》り夫の身の上を祈ってしまうと、今度は細帯を解いて、背中の子を摺《ず》りおろすように、背中から前へ廻して、両手に抱《だ》きながら拝殿を上《のぼ》って行って、「好い子だから、少しの間《ま》、待っておいでよ」ときっと自分の頬を子供の頬へ擦《す》りつける。そうして細帯を長くして、子供を縛《しば》っておいて、その片端を拝殿の欄干《らんかん》に括《くく》りつける。それから段々を下りて来て二十間の敷石を往ったり来たり御百度《おひゃくど》を踏む。
 拝殿に括《くく》りつけられた子は、暗闇《くらやみ》の中で、細帯の丈《たけ》のゆるす限り、広縁の上を這《は》い廻っている。そう云う時は母にとって、はなはだ楽《らく》な夜である。けれども縛《しば》った子にひいひい泣かれると、母は気が気でない。御百度の足が非常に早くなる。大変息が切れる。仕方のない時は、中途で拝殿へ上《あが》って来て、いろいろすかしておいて、また御百度を踏み直す事もある。
 こう云う風に、幾晩となく母が気を揉《も》んで、夜《よ》の目も寝ずに心配していた父は、とくの昔に浪士《ろうし》のために殺されていたのである。
 こんな悲《かなし》い話を、夢の中で母から聞いた。

     第十夜

 庄太郎が女に攫《さら》われてから七日目の晩にふらりと帰って来て、急に熱が出てどっと、床に就《つ》いていると云って健《けん》さんが知らせに来た。
 庄太郎は町内一の好男子《こうだんし》で、至極《しごく》善良な正直者である。ただ一つの道楽がある。パナマの帽子を被《かぶ》って、夕方になると水菓子屋《みずがしや》の店先へ腰を
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