その上に腰をかけて談判をするのだそうだが、横着な事には大きな括枕《くくりまくら》さえ備えつけてある。しかし肱《ひじ》を突くためか、頭を載《の》せるためかは聞き糺《ただ》して見なかった。彼等は談判をしながら阿片《あへん》を飲む。でなければ煙草《たばこ》を吸う。その煙管《きせる》は煙管と云うよりも一種の器械と評した方が好いくらいである。錫《すず》の胴《どう》に水を盛って雁首《がんくび》から洩《も》れる煙がこの水の中を通って吸口まで登ってくる仕掛なのだから、慣れないうちは水を吸い上げて口中へ入れる恐れがある。一服やって御覧なさいと勧められたから、やって見たが、ごぼごぼ音がしてまるで脂《やに》を呑むような心持がした。
二階が荷主の室《へや》だと云うんで、二階へ上《あが》って見ると、なるほど室がたくさん並んでいる。その中《うち》の一つでは四人《よつたり》で博奕《ばくち》を打っていた。博奕の道具はすこぶる雅《が》なものであった。厚みも大きさも将棋《しょうぎ》の飛車角《ひしゃかく》ぐらいに当る札を五六十枚ほど四人で分けて、それをいろいろに並べかえて勝負を決していた。その札は磨いた竹と薄い象牙《ぞうげ》とを背中合せに接《つ》いだもので、その象牙の方にはいろいろの模様が彫刻してあった。この模様の揃った札を何枚か並べて出すと勝になるようにも思われたが、要するに、竹と象牙がぱちぱち触れて鳴るばかりで、どこが博奕なんだか、実はいっこう解らなかった。ただこの象牙と竹を接ぎ合わした札を二三枚貰って来たかった。
一つの室では五六人寄って、そのうちの一人が笛《ふえ》を吹くのを聞いていた。幕を開けて首を出したら、ぱたりと笛を歇《や》めてしまった。また吹き始めるかと思って、しばらく室の中に立っていたが、とうとう吹かなかった。室の中には妙な書が麗々と壁に貼《は》りつけてある。いずれも下手《まず》いものだのに、何々先生のために何々書すと云ったようにもったいぶったのばかりであった。股野が何か云うと、向うの支那人も何か云う。しかし両方の云う事は両方へ通じないようである。
二十
波止場《はとば》から上《あが》って真直《まっすぐ》に行くと、大連の町へ出る。それを真直に行かずに、すぐ左へ折れて長い上屋《うわや》の影を向うへ、三四町通り越した所に相生《あいおい》さんの家がある。西洋館の二階を
前へ
次へ
全89ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング