、別段怪しい事もないが、気がついて見ると、鉄軌《レール》の据《す》え方《かた》が少々違うようである。第一内地のように石を敷かない計画らしい。御影石《みかげいし》が払底《ふってい》なのかいと質問して見たら、すぐ、冗談云っちゃいけないとやられてしまった。これが最新式の敷方《しきかた》なんで、土台をどうとかして、どうとかして、鉄軌と鉄軌の間を混合金属で塗り固めて全線をたった一本の長い棒にしてしまって……とあたかも自分が技師であるかのごとき自慢である。内地から来たものはなるほど田舎《いなか》もの取扱にされても仕方がない。そいつは感心だと、全く感心すると、技師を信任して、少しも口を出さずに、どうでも自分の思った通りをやらせるから、そんな仕事もできるのさと云った。内地では何でもやかましく干渉する奴がたくさん出て来るものと見える。
 馬車が岡の上へ出た。そこはまだ道路が完成していないので、満洲特有の黄土《こうど》が、見るうちに靴の先から洋袴《ズボン》の膝《ひざ》の上まで細かに積もった。この辺ももう少しすると、ホテルの前のように、カンカンした路に変化する事だろうが、そんな事を口外すれば、是公がますます得意になるばかりだから、わざと黙っていた。

        九

 これが豆油《まめあぶら》の精製しない方で、こっちが精製した方です。色が違うばかりじゃない、香《におい》も少し変っています。嗅《か》いで御覧なさいと技師が注意するので嗅いで見た。
 用いる途《みち》ですか、まあ料理用ですね。外国では動物性の油が高価ですから、こう云うのができたら便利でしょう。第一大変安いのです。これでオリーブ油の何分の一にしか当らないんだから。そうして効用は両方共ほぼ同じです。その点から見てもはなはだ重宝《ちょうほう》です。それにこの油の特色は他の植物性のもののように不消化でないです。動物性と同じくらいに消化《こな》れますと云われたので急に豆油がありがたくなった。やはり天麩羅《てんぷら》などにできますかと聞くと、無論できますと答えたので、近き将来において一つ豆油の天麩羅を食ってみようと思ってその室を出た。
 出がけに御邪魔でもこれをお持ちなさいと云って細長い箱をくれたから、何だろうと思って、即座に開けて見ると、石鹸《シャボン》が三つ並んでいた。これがやっぱり同じ材料から製造した石鹸ですと説明されたが、普
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