、東側に六尺の袋戸棚《ふくろとだな》があつて、其傍《そのわき》が芭蕉布《ばせうふ》の襖《ふすま》ですぐ隣へ徃來《ゆきかよひ》が出來るやうになつてゐる。此一枚の仕切をがらりと開けさへすれば、隣室で何を爲《し》てゐるかは容易《たやす》く分るけれども、他人に對して夫程《それほど》の無禮を敢てする程大事な音でないのは無論である。折から暑さに向ふ時節であつたから縁側は常に明け放した儘であつた。縁側は固《もと》より棟一杯細長く續いてゐる。けれども患者が縁端《えんばた》へ出て互を見透《みとほ》す不都合を避けるため、わざと二部屋毎に開き戸を設けて御互の關とした。夫《それ》は板の上へ細い棧《さん》を十文字に渡した洒落《しやれ》たもので、小使が毎朝拭掃除をするときには、下から鍵を持つて來て、一々此戸を開けて行くのが例になつてゐた。自分は立つて敷居の上に立つた。かの音は此|妻戸《つまど》の後《うしろ》から出る樣である。戸の下は二寸程|空《す》いてゐたが其處には何も見えなかつた。
 此音は其後《そのご》もよく繰返された。ある時は五六分續いて自分の聽神經を刺激する事もあつたし、又ある時は其半《そのなかば》にも至らないでぱたりと已《や》んで仕舞ふ折もあつた。けれども其何であるかは、つひに知る機會なく過ぎた。病人は靜かな男であつたが、折々|夜半《よなか》に看護婦を小さい聲で起してゐた。看護婦が又|殊勝《しゆしよう》な女で小さい聲で一度か二度呼ばれると快よい優しい「はい」と云ふ受け答へをして、すぐ起きた。さうして患者の爲に何かしてゐる樣子であつた。
 ある日回診の番が隣へ廻つてきたとき、何時《いつ》もよりは大分《だいぶ》手間が掛ると思つてゐると、やがて低い話し聲が聞え出した。それが二三人で持ち合つて中々|捗取《はかど》らないやうな濕《しめ》り氣《け》を帶びてゐた。やがて醫者の聲で、どうせ、さう急には御癒りにはなりますまいからと云つた言葉|丈《だけ》が判然《はつきり》聞えた。夫《それ》から二三日して、かの患者の室《へや》にこそ/\出入《ではい》りする人の氣色《けしき》がしたが、孰《いづ》れも己《おの》れの活動する立居《たちゐ》を病人に遠慮する樣に、ひそやかに振舞つてゐたと思つたら、病人自身も影の如く何時《いつ》の間《ま》にか何處かへ行つて仕舞つた。さうして其後《そのあと》へはすぐ翌《あく》る日《ひ》
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