人間にそのくらいな弱点はありがちの事だとテンから認めているのじゃないでしょうか。私は昔と今と比べてどっちが善いとか悪いとかいうつもりではない、ただこれだけの区別があると申したいのであります。また過去四十何年間の道徳の傾向は明かにこういう方向に流れつつあるという事実を御認めにならん事を希望するのであります。
古今道徳の区別はこれで切上げておいて話は突然文芸の方へ移ります。もっとも文芸の方の話を詳《くわ》しく云うつもりではないから、必要な説明だけに留《とど》めて、ごくざっとしたところを申しますが、近年文芸の方で浪漫主義及び自然主義すなわちロマンチシズムとナチュラリズムという二つの言葉が広く行われて参りました。そうしてこの二つの言葉は文芸界専有の術語でその他の方面には全く融通の利《き》かないものであるかのごとく取扱われております。ところが私はこれからこの二つの言葉の意味性質を極《きわ》めて簡略に述べて、そうしてそれを前《ぜん》申上げた昔と今の道徳に結びつけて両方を綜合《そうごう》して御覧に入れようと思うのです。つまり浪漫主義も自然主義も文芸家専有の言語ではないという意味が分ればその結果自然
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