事は困難とならねばならぬ。広義に於ける理想を抱かざるものが、自己又は他人の経過した現実を顧みて、之《〔これ〕》を悲しむの必要もなければ之に悶《もだ》ゆるの理由もない筈である。
 一たび此論断を肯《〔うけが〕》つたとき、彼等は彼等の主観のうちに、又彼等の理想のうちに、彼等の平素排斥しつゝあるが如く見ゆる諸《もろ/\》の善、諸《もろ/\》の美、又もろ/\の壮と烈との存在を肯はねばならぬ。従つてヒロイツクは彼等の主張せんと欲して、現実に見出しがたきが為めに、これを描くを憚《〔はばか〕》り、もしくは之《〔これ〕》を描くを恐るゝ一種の行為と云はねばならぬ。
 彼等にしてもし現実中に此行為を見出し得たるとき、彼等の憚りも彼等の恐れも一掃にして拭ひ去るを得べきである。況《〔いわ〕》んや彼等の軽蔑をや虚偽|呼《〔よばわ〕》りをやである。余は近時潜航艇中に死せる佐久間艇長の遺書を読んで、此ヒロイツクなる文字の、我等と時を同《〔おなじ〕》くする日本の軍人によつて、器械的の社会の中に赫《〔かく〕》として一時に燃焼せられたるを喜ぶものである。自然派の諸君子に、此文字の、今日の日本に於て猶《〔なお〕》真個の生命
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