僕は階下《した》に母を控えているし、感情に訴える若い女の気質もよく呑《の》み込んだつもりでいたから、できるだけ相手の気を抜いて話を落ちつかせるために、その時の僕としては、ほとんど無理なほどの、低いかつ緩《ゆる》い調子を取ったのであるが、それがかえって千代子の気に入らなかったと見える。
「それが解らなければあなた馬鹿よ」
僕はおそらく平生《いつも》より蒼《あお》い顔をしたろうと思う。自分ではただ眼を千代子の上にじっと据《す》えた事だけを記憶している。その時何物も恐れない千代子の眼が、僕の視線と無言のうちに行き合って、両方共しばらくそこに止《と》まっていた事も記憶している。
三十五
「千代ちゃんのような活溌《かっぱつ》な人から見たら、僕見たいに引込思案《ひっこみじあん》なものは無論|卑怯《ひきょう》なんだろう。僕は思った事をすぐ口へ出したり、またはそのまま所作《しょさ》にあらわしたりする勇気のない、極《きわ》めて因循《いんじゅん》な男なんだから。その点で卑怯だと云うなら云われても仕方がないが……」
「そんな事を誰が卑怯だと云うもんですか」
「しかし軽蔑《けいべつ》はし
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