いると、母が下から上《あが》って来て、閑《ひま》になったら鎌倉へちょっと行って来たらどうだと云った。鎌倉にはその一週間ほど前から田口のものが避暑に行っていた。元来叔父は余り海辺《うみべ》を好まない性質《たち》なので、一家《いっけ》のものは毎年軽井沢の別荘へ行くのを例にしていたのだが、その年は是非海水浴がしたいと云う娘達の希望を容《い》れて、材木座にある、ある人の邸宅《やしき》を借り入れたのである。移る前に千代子が暇乞《いとまごい》かたがた報知《しらせ》に来て、まだ行っては見ないけれども、山陰の涼しい崖《がけ》の上に、二段か三段に建てた割合手広な住居《すまい》だそうだから是非遊びに来いと母に勧めていたのを、僕は傍《そば》で聞いていた。それで僕は母にあなたこそ行って遊んで来たら気保養《きぼよう》になってよかろうと忠告した。母は懐《ふところ》から千代子の手紙を出して見せた。それには千代子と百代子の連名で、母と僕にいっしょに来るようにと、彼らの女親の命令を伝えるごとく書いてあった。母が行くとすれば年寄一人を汽車に乗せるのは心配だから、是非共僕がついて行かなければならなかった。変窟《へんくつ》な
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