ずにすましたかも知れなかった。たとい母が心配するにしても、単に彼女に対する掛念《けねん》だけが問題なら、あるいは僕の気随《きずい》をいざという極点まで押し通したかも知れなかった。僕はそんな[#「そんな」は底本では「そんに」]風に生みつけられた男なのである。ところが二カ月の末になって、僕は突然自分の片意地を翻《ひる》がえさなければ不利だという事に気がついた。実を云うと、僕と田口と疎遠になればなるほど、母はあらゆる機会を求めて、ますます千代子と接触するように力《つと》め出したのである。そうしていつなんどき僕の最も恐れる直接の談判を、千代子に向って開かないとも限らないように、漸々《ぜんぜん》形勢を切迫させて来たのである。僕は思い切って、この危機を一帳場《ひとちょうば》先へ繰り越そうとした。そうしてその決心と共にまた田口の敷居を跨《また》ぎ出した。
 彼らの僕を遇する態度に固《もと》より変りはなかった。僕の彼らに対する様子もまた二カ月前の通りであった。僕と彼らとは故《もと》のごとく笑ったり、ふざけたり、揚足《あげあし》の取りっくらをしたりした。要するに僕の田口で費《つい》やした時間は、騒がしい
前へ 次へ
全462ページ中306ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング