「その代り御前の叔父さんには芭蕉の研究なんか死ぬまでできっこない」
「したかないわ、そんな研究なんか。だけど叔父さんは内の御父さんよりか全く学者ね。わたし本当に敬服しててよ」
「生意気《なまいき》云うな」
「あら本当よあなた。だって何を聞いても知ってるんですもの」
 二人がこんな話をしていると、ただいまこの方《かた》が御見えになりましたと云って、下女が一通の紹介状のようなものを持って来て松本に渡した。松本は「千代子待っておいで。今にまた面白い事を教えてやるから」と笑いながら立ち上った。
「厭《いや》よまたこないだみたいに、西洋|煙草《たばこ》の名なんかたくさん覚えさせちゃ」
 松本は何にも答えずに客間の方へ出て行った。千代子も茶の間へ取って返した。そこには雨に降り込められた空の光を補なうため、もう電気灯が点《とも》っていた。台所ではすでに夕飯《ゆうめし》の支度を始めたと見えて、瓦斯七輪《ガスしちりん》が二つとも忙がしく青い※[#「(諂−言)+炎」、第3水準1−87−64]《ほのお》を吐いていた。やがて小供は大きな食卓に二人ずつ向い合せに坐った。宵子だけは別に下女がついて食事をするのが
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