んにょかん》の礼義は彼らのどちらにも見出す事ができなかった。男は帽子の縁《ふち》に手をかける面倒さえあえてしなかった。敬太郎はその鍔《つば》の下にあるべきはずの大きな黒子《ほくろ》を面と向って是非突き留めたかった。もし女がいなかったならば肉の上に取り残されたこの異様な一点を確かめるために、彼はつかつかと男の前へ進んで行って、何でも好いから、ただ口から出任《でまか》せの質問をかけたかも知れない。それでなくても、直《ただ》ちに彼の傍《そば》へ近寄って、満足の行くまでその顔を覗《のぞ》き込んだろう。この際そう云う大胆な行動を妨たげるものは、男の前に立っている例の女であった。女が敬太郎の態度を悪く疑ぐったかどうかは問題として、彼の挙動に不審を抱《いだ》いた様子は、同じ場所に長く立ち並んだ彼の目に親しく映じたところである。それを承知しながら、再びその視線の内に、自分の顔を無遠慮に突き出すのは、多少紳士的でない上に、嫌疑《けんぎ》の火の手をわざと強くして、自分の目的を自分で打《う》ち毀《こわ》すと同じ結果になる。
こう考えた敬太郎は、自然の順序として相応の機会が廻《めぐ》って来るまでは、黒子の有
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