越《ガラスごし》に障子《しょうじ》の中を覗《のぞ》いていると、主人の頭の上で忽然《こつぜん》呼鈴《ベル》が烈《はげ》しく鳴り出した。主人は仰向《あおむ》いて番号を見ながら、おい誰かいないかねと次《つぎ》の間《ま》へ声をかけた。敬太郎はまたそろそろ三階の自分の室《へや》へ帰って来た。
彼はわざわざ戸棚《とだな》を開けて、行李《こり》の上に投げ出してあるセルの袴《はかま》を取り出した。彼はそれを穿《は》くとき、腰板《こしいた》を後《うしろ》に引き摺《ず》って、室《へや》の中を歩き廻った。それから足袋《たび》を脱《ぬ》いで、靴下に更《か》えた。これだけ身装《みなり》を改めた上、彼はまた三階を下りた。居間を覗《のぞ》くと細君の姿は依然として見えなかった。下女もそこらにはいなかった。呼鈴《ベル》も今度は鳴らなかった。家中ひっそり閑《かん》としていた。ただ主人だけは前の通り大きな丸火鉢に靠《もた》れて、上り口の方を向いたなりじっと坐っていた。敬太郎は段々を下まで降り切らない先に、高い所から斜《はす》に主人の丸くなった背中を見て、これはまだ都合が悪いと考えたが、ついに思い切って上り口へ出た。主人は
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