構成するように仕組んだら、新聞小説として存外面白く読まれはしないだろうかという意見を持《じ》していた。が、ついそれを試みる機会もなくて今日《こんにち》まで過ぎたのであるから、もし自分の手際《てぎわ》が許すならばこの「彼岸過迄」をかねての思わく通りに作り上げたいと考えている。けれども小説は建築家の図面と違って、いくら下手でも活動と発展を含まない訳に行かないので、たとい自分が作るとは云いながら、自分の計画通りに進行しかねる場合がよく起って来るのは、普通の実世間において吾々の企《くわだ》てが意外の障害を受けて予期のごとくに纏《まと》まらないのと一般である。したがってこれはずっと書進んで見ないとちょっと分らない全く未来に属する問題かも知れない。けれどもよし旨《うま》く行かなくっても、離れるともつくとも片《かた》のつかない短篇が続くだけの事だろうとは予想できる。自分はそれでも差支《さしつか》えなかろうと思っている。
[#地から2字上げ](明治四十五年一月此作を朝日新聞に公けにしたる時の緒言)
風呂の後
一
敬太郎《けいたろう》はそれほど験《げん》の見えないこの間からの運動と奔走に少し厭気《いやき》が注《さ》して来た。元々|頑丈《がんじょう》にできた身体《からだ》だから単に馳《か》け歩くという労力だけなら大して苦にもなるまいとは自分でも承知しているが、思う事が引っ懸《かか》ったなり居据《いすわ》って動かなかったり、または引っ懸ろうとして手を出す途端《とたん》にすぽりと外《はず》れたりする反間《へま》が度重《たびかさ》なるに連れて、身体よりも頭の方がだんだん云う事を聞かなくなって来た。で、今夜は少し癪《しゃく》も手伝って、飲みたくもない麦酒《ビール》をわざとポンポン抜いて、できるだけ快豁《かいかつ》な気分を自分と誘《いざな》って見た。けれどもいつまで経《た》っても、ことさらに借着をして陽気がろうとする自覚が退《の》かないので、しまいに下女を呼んで、そこいらを片づけさした。下女は敬太郎の顔を見て、「まあ田川さん」と云ったが、その後《あと》からまた「本当にまあ」とつけ足した。敬太郎は自分の顔を撫《な》でながら、「赤いだろう。こんな好い色をいつまでも電灯に照らしておくのはもったいないから、もう寝るんだ。ついでに床を取ってくれ」と云って、下女がまだ何かやり返そうとするのをわざと外《はず》して廊下へ出た。そうして便所から帰って夜具の中に潜《もぐ》り込む時、まあ当分休養する事にするんだと口の内で呟《つぶや》いた。
敬太郎は夜中に二|返《へん》眼を覚《さ》ました。一度は咽喉《のど》が渇いたため、一度は夢を見たためであった。三度目に眼が開《あ》いた時は、もう明るくなっていた。世の中が動き出しているなと気がつくや否《いな》や敬太郎は、休養休養と云ってまた眼を眠《ねむ》ってしまった。その次には気の利《き》かないボンボン時計の大きな音が無遠慮に耳に響いた。それから後《あと》はいくら苦心しても寝つかれなかった。やむを得ず横になったまま巻煙草《まきたばこ》を一本吸っていると、半分ほどに燃えて来た敷島《しきしま》の先が崩れて、白い枕が灰だらけになった。それでも彼はじっとしているつもりであったが、しまいに東窓から射し込む強い日脚《ひあし》に打たれた気味で、少し頭痛がし出したので、ようやく我《が》を折って起き上ったなり、楊枝《ようじ》を銜《くわ》えたまま、手拭《てぬぐい》をぶら下げて湯に行った。
湯屋の時計はもう十時少し廻っていたが、流しの方はからりと片づいて、小桶《こおけ》一つ出ていない。ただ浴槽《ゆぶね》の中に一人横向になって、硝子越《ガラスごし》に射し込んでくる日光を眺《なが》めながら、呑気《のんき》そうにじゃぶじゃぶやってるものがある。それが敬太郎と同じ下宿にいる森本《もりもと》という男だったので、敬太郎はやあ御早うと声を掛けた。すると、向うでも、やあ御早うと挨拶《あいさつ》をしたが、
「何です今頃|楊枝《ようじ》なぞを銜《くわ》え込んで、冗談《じょうだん》じゃない。そう云やあ昨夕《ゆうべ》あなたの部屋に電気が点《つ》いていないようでしたね」と云った。
「電気は宵《よい》の口から煌々《こうこう》と点いていたさ。僕はあなたと違って品行方正だから、夜遊びなんか滅多《めった》にした事はありませんよ」
「全くだ。あなたは堅いからね。羨《うらや》ましいくらい堅いんだから」
敬太郎は少し羞痒《くすぐっ》たいような気がした。相手を見ると依然として横隔膜《おうかくまく》から下を湯に浸《つ》けたまま、まだ飽《あ》きずにじゃぶじゃぶやっている。そうして比較的|真面目《まじめ》な顔をしている。敬太郎はこの気楽そうな男の口髭《くちひげ》がだらしな
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