のである。けれども彼らの娘の未来の夫として、僕が彼らの眼にいかに憐《あわ》れむべく映じていたかは、遠き前から僕の見抜いていたところと、ちっとも変化を来さないばかりか、近頃になってますますその傾《かたむき》が著るしくなるように思われた。彼らは第一に僕の弱々しい体格と僕の蒼白《あおしろ》い顔色とを婿《むこ》として肯《うけ》がわないつもりらしかった。もっとも僕は神経の鋭どく動く性質《たち》だから、物を誇大に考え過したり、要《い》らぬ僻《ひが》みを起して見たりする弊がよくあるので、自分の胸に収めた委《くわ》しい叔父叔母の観察を遠慮なくここに述べる非礼は憚《はば》かりたい。ただ一言《いちごん》で云うと、彼らはその当時千代子を僕の嫁にしようと明言したのだろう。少なくともやってもいいぐらいには考えていたのだろう。が、その後《ご》彼らの社会に占め得た地位と、彼らとは背中合せに進んで行く僕の性格が、二重に実行の便宜を奪って、ただ惚《ぼ》けかかった空《むな》しい義理の抜殻《ぬけがら》を、彼らの頭のどこかに置き去りにして行ったと思えば差支《さしつかえ》ないのである。
 僕と彼らとはあらゆる人の結婚問題についても多くを語る機会を持たなかった。ただある時叔母と僕との間にこんな会話が取り換わされた。
「市《いっ》さんももうそろそろ奥さんを探さなくっちゃなりませんね。姉さんはとうから心配しているようですよ」
「好いのがあったら母に知らしてやって下さい」
「市さんにはおとなしくって優《やさ》しい、親切な看護婦みたような女がいいでしょう」
「看護婦みたような嫁はないかって探しても、誰も来手《きて》はあるまいな」
 僕が苦笑しながら、自《みずか》ら嘲《あざ》けるごとくこう云った時、今まで向うの隅《すみ》で何かしていた千代子が、不意に首を上げた。
「あたし行って上げましょうか」
 僕は彼女の眼を深く見た。彼女も僕の顔を見た。けれども両方共そこに意味のある何物をも認めなかった。叔母は千代子の方を振り向きもしなかった。そうして、「御前のようなむきだしのがらがらした者が、何で市さんの気に入るものかね」と云った。僕は低い叔母の声のうちに、窘《たし》なめるようなまた怖《おそ》れるような一種の響を聞いた。千代子はただからからと面白そうに笑っただけであった。その時百代子も傍《そば》にいた。これは姉の言葉を聞いて微笑し
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