》は偶然にも自分の前に並んだ三人が、ありのままの今の姿で、現に似合わしい夫婦と姑《しゅうとめ》になり終《おお》せているという事にふと思い及んだ時、彼らを世間並の形式で纏《まと》めるのは、最も容易い仕事のように考えて帰った。
次の日曜がまた幸いな暖かい日和《ひより》をすべての勤《つと》め人《にん》に恵んだので、敬太郎は朝早くから須永を尋ねて、郊外に誘《いざ》なおうとした。無精《ぶしょう》でわがままな彼は玄関先まで出て来ながら、なかなか応じそうにしなかったのを、母親が無理に勧めてようやく靴を穿《は》かした。靴を穿いた以上彼は、敬太郎の意志通りどっちへでも動く人であった。その代りいくら相談をかけても、ある判切《はっきり》した方角へ是非共足を運ばなければならないと主張する男ではなかった。彼と矢来の松本といっしょに出ると、二人とも行先を考えずに歩くので、一致してとんでもない所へ到着する事がままあった。敬太郎は現にこの人の母の口からその例を聞かされたのである。
この日彼らは両国から汽車に乗って鴻《こう》の台《だい》の下まで行って降りた。それから美くしい広い河に沿って土堤《どて》の上をのそのそ歩いた。敬太郎は久しぶりに晴々《はればれ》した好い気分になって、水だの岡だの帆《ほ》かけ船《ぶね》だのを見廻した。須永も景色《けしき》だけは賞《ほ》めたが、まだこんな吹き晴らしの土堤などを歩く季節じゃないと云って、寒いのに伴《つ》れ出した敬太郎を恨《うら》んだ。早く歩けば暖たかくなると出張した敬太郎はさっさと歩き始めた。須永は呆《あき》れたような顔をして跟《つ》いて来た。二人は柴又《しばまた》の帝釈天《たいしゃくてん》の傍《そば》まで来て、川甚《かわじん》という家《うち》へ這入《はい》って飯を食った。そこで誂《あつ》らえた鰻《うなぎ》の蒲焼《かばやき》が甘《あま》たるくて食えないと云って、須永はまた苦い顔をした。先刻《さっき》から二人の気分が熟しないので、しんみりした話をする余地が出て来ないのを苦しがっていた敬太郎は、この時須永に「江戸っ子は贅沢《ぜいたく》なものだね。細君を貰うときにもそう贅沢を云うかね」と聞いた。
「云えれば誰だって云うさ。何も江戸っ子に限りぁしない。君みたような田舎《いなか》ものだって云うだろう」
須永はこう答えて澄ましていた。敬太郎は仕方なしに「江戸っ子は無愛嬌
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