あるらしく思われます。ところが世間に向ってはただ医学博士、文学博士、法学博士として通っているからあたかも総《すべ》ての知識をもっているかのように解釈される。あれは文部省が悪いのかも知れない。虎列剌《コレラ》病博士とか腸窒扶斯《ちょうチフス》博士とか赤痢《せきり》博士とかもっと判然と領分を明らかにした方が善くはないかと思う。肺病患者が赤痢の論文を出して博士になった医者の所へ行ったって差支《さしつかえ》はないが、その人に博士たる名誉を与えたのは肺病とは没交渉の赤痢であって見れば、単に博士の名で肺病を担《かつ》ぎ込んでは勘違《かんちがい》になるかも知れない。博士の事はそのくらいにしてただ以上をかい撮《つま》んで云うと、吾人は開化の潮流に押し流されて日に日に不具になりつつあるということだけは確かでしょう。それをほかの言葉でいうと自分一人ではとても生きていられない人間になりつつあるのである。自分の専門にしていることにかけては、不具的に非常に深いかも知れぬが、その代り一般的の事物については、大変に知識が欠乏した妙な変人ばかりできつつあるという意味です。
 私は職業上己のためとか人のためとか云う言葉
前へ 次へ
全38ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング