何商売を例に取っても説明はできますが、この状態を最もよく証明しているものは専門学者などだろうと思います。昔の学者はすべての知識を自分一人で背負《しょ》って立ったように見えますが、今の学者は自分の研究以外には何も知らない私が前《ぜん》申した意味の不具が揃《そろ》っているのであります。私のような者でも世間ではたまに学者扱にしてくれますが、そうするとやっぱり不具の一人であります。なるほど私などは不具に違ない、どうもすくなくとも普通のことを知らない。区役所へ出す転居届の書き方も分らなければ、地面を売るにはどんな手続をしていいかさえ分らない。綿は綿の木のどんな所をどうして拵《こしら》えるかも解し得ない。玉子豆腐《たまごどうふ》はどうしてできるかこれまた不明である。食うことは知っているが拵える事は全く知らない。その他|味淋《みりん》にしろ、醤油にしろ、なんにしろかにしろすべて知らないことだらけである。知識の上において非常な不具と云わなければなりますまい。けれどもすべてを知らない代りに一カ所か二カ所人より知っていることがある。そうして生活の時間をただその方面にばかり使ったものだから、完全な人間をます
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