う意味の「ためにする」仕事を指したのであります。
 そこで職業上における己のため人のためと云う事は以上のように御記憶を願っておいて、話がまた後戻りをする恐れがあるかも知れないが、前《ぜん》申した通り人文発達の順序として職業が大変割れて細かくなると妙な結果を我々に与えるものだからその結果を一口御話をして、そうして先へ進みたいと思います。私の見るところによると職業の分化|錯綜《さくそう》から我々の受ける影響は種々ありましょうが、そのうちに見逃す事のできない一種妙な者があります。というのはほかでもないが開化の潮流が進めば進むほど、また職業の性質が分れれば分れるほど、我々は片輪《かたわ》な人間になってしまうという妙な現象が起るのであります。言い換えると自分の商売がしだいに専門的に傾《かたむ》いてくる上に、生存競争のために、人一倍の仕事で済んだものが二倍三倍|乃至《ないし》四倍とだんだん速力を早めておいつかなければならないから、その方だけに時間と根気を費しがちであると同時に、お隣りの事や一軒おいたお隣りの事が皆目《かいもく》分らなくなってしまうのであります。こういうように人間が千筋も万筋もある職
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