いるものでないと云う事だけは、さきの説明で明らかでありましょう。しかも読んで馬鹿馬鹿しくならんのは全くそのお蔭である以上は、真の分子がいかに叙述の上に大切であるかが分るでありましょう。
 客観、主観、両態度の目的と関係はほぼ説《と》きつくしましたから、これから両者の特性について少し述べたいと思います。すでに両者の関係やら目的を述べる際にも自然の勢で、不知不識《しらずしらず》の間にこの問題に触れているのはもちろんでありますから、その辺は御斟酌《ごしんしゃく》の上御聞を願います。
 さて客観的態度から出た句もしくは節、もしくは章、大きく云えば一篇――そう純粋に行くものでないのはたいてい御分りになりましたろうが、まああると仮定して――それからかの歴史的に発達した自然派写実派――これも厳密に議論したら純粋のものが、あるかどうか存じませんが、まああるとして、この二派をこの方面に編入しておいて論じます。もっとも自然派も写実派も、真本位ではないと主張されると、それまでで、やめにするだけであります。または真本位だけれど御前のいわゆる真じゃないと云われると、やっぱりやめにしなければなりません。がたいてい
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