ても同じ事だと私は思ってるのであります。だから art for art 派でも、そうでなくっても差支《さしつかえ》ない。要するに述作の目的は以上のように区別ができると云うのであります。
 述作の二態度とその目的とするところは今申した通でありますが、ただ御注意までに一言しておきたいのは、こんな事であります。こう分けるとちょっと、一方に属するものは、他方に属してはならん。どっちか片づけて旗幟《きし》を鮮明にしなければ済まないように見えるかも知れませんが、そう見えてはかえって迷惑なので、すでに誤解を防ぐためカロリーネの例や馬琴の例をひいて、機会のあるたびに二三度弁じておきましたが、改めて御断わりを致しておきたいのは、真を写すものは純粋なる真のみを写してはいません。またおられんのであります。またいかに情緒に訴える人でも全く真を離れての叙述は――少なくとも長い叙述は――できないのであります。ズーデルマンのマグダと云う脚本をつい近頃になって読みましたが、これはマグダという女が、父の意に悖《もと》って、押しつけられた御聟《おむこ》さんを嫌《きら》って、家を出奔《しゅっぽん》した話であります。さて家を飛び出してから諸所を流浪《るろう》する間に、ある男と親しい仲になって、子を生んで、それからその男に棄《す》てられます。男はマグダの故郷に帰って、立派な紳士になりすましていると同時に、マグダは以太利《イタリー》で有名な唄《うた》い手《て》になる。回《めぐ》り回って故郷へ興行に来る。父母と和解する。ところが流浪中の不品行が曝露《ばくろ》して、また騒動が起ろうとすると、昔《むか》し棄《す》てた男が出て来て正当に婚儀を申し込む。ここでめでたく市が栄えれば平凡極まる趣向でありますが、いざという間際《まぎわ》になって、聟《むこ》になろうという男が昔の事――互の間に子があると云う事――だけは、今の身分にかかわるから、どうか公けにしずにおいてくれと頼む。マグダはここまでは納得したようなものの、そんな関係を内々にして夫婦になれるものかと大いに怒って、どう頼んでも聞き入れない。父は御前が承知してくれないと、家の恥辱になる。いたずら娘を持ったと云われては、世間へ顔向けができない。妹だって御前の身内だと云われては、誰も貰い手がない。だから、どうか承知して男の云う事を承知してやれと逼《せま》る。マグダはどうあっても聞かない。父はついに憤死する。これが結末であります。この一段があるので、昔から見馴《みな》れた恋愛談の陳腐《ちんぷ》なものとは趣を異にするようになりますが、結婚問題が破裂するところがあればこそはあなるほどと云わせる事ができるのです。はあなるほどというのは取も直さず新らしかったと云う意味であります。新らしい因果《いんが》を見てもっともだ今の世の中にはこんな因果があるだろうと思うからです。今の人々の腹の中には行為にこそ、ここまで出さなくっても、約束的な姑息《こそく》手段に堪《た》えないで、マグダと同じような似たものが、あるだろう、あり得るはずだと認めるだけの眼をもって読んで行くからであります。この点においてこの劇は固《もと》より真を発揮したものであります。しかしこの劇はそれだけよりほかに能事のないものであろうかと考えてみますると、大にあるでしょう。第一はこの相手の男の我儘《わがまま》なところ、過去の非を塗《ぬ》り潰《つぶ》して好い子になろうと云う精神が出ているから、読者はその点において憎悪《ぞうお》とか軽蔑《けいべつ》とかの念を起さなければならないはずでしょう。しかし世の中は虚偽でも上部《うわべ》さえ形式に合っていれば、人が許すものだから、互の終りを全くして幸福を得ようとするには、過去の不品行を蔵《かく》すに若《し》くはないという男の苦心を察して見ると多少は気の毒であります。どこまでも習慣的制裁を墨守して娘の恥を雪《そそ》ぐためには、ともかくも公けに結婚させてしまわなければならないと思い乱れる父親にも同情があります。最後に娘が一徹《いってつ》に、たとい世間からどう云われても、社会的地位を失っても、そんな俗習に圧《お》しつけられて、偽わりの結婚をして、可愛い子を生涯《しょうがい》日蔭ものにするのはけっしていやだと、あくまでも約束的習慣に抵抗するところは、たといその情操に全然一致しない人までも、幾分か壮と感ずるでしょう。この数者があればこそ劇も面白くなるのでありますが、これは、みんな主観の方の情操であります。これで見ますと真だけの作と思ってたものに存外、他の分子が這入《はい》っている事が御分りになりましょう。これに反していかに主観的の作物でも全然真を含んでいないものはありません。もし含んでいなかったらとうてい読み得ないにきまっています。かの infinite longi
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