らすでに創作家と云う名を受けて、官吏とか商人とか、法律家とかから区別される以上は、この名称は単に鈴木とか、山田とか云う空名と見る訳には行かない。内実においてそれ相当の特性があって他の職業と区別されているのかも知れない。だから、この人々の立場を研究して見たらば、多少の御参考になりはすまいかと思ってこの演題を掲げた訳であります。
そこで、この問題を研究するの方法について述べますと、第一には歴史的の研究があります。これは創作家の世界観の纏《まとま》ってあらわれた著作そのものを比較して、その特性を綜合《そうごう》した上で、これに一種の名称(自然派とか浪漫派とか)を与えて、それから年代を追ってその発展を迹《あと》づけるのであります。いわゆる文学史であります。この間中からして、日本で大分自然派の論が盛になりましていろいろの雑誌にその説明などがたくさん出て、私なども大分利益を受けました。我々日本人が仏蘭西《フランス》の自然派はこう発達したの、独乙《ドイツ》の自然派は今こんな具合だのという事を承知したのは、全くこの歴史研究の御蔭《おかげ》で至極《しごく》結構な事と思います。
ただこの種の研究について私の飽き足らないところを云うと、あるいは下のような弊がありはすまいかと思われます。
(一)[#(一)は縦中横] 歴史の研究によって、自家を律せんとすると、相当の根拠《こんきょ》を見出す前に、現在すなわち新という事と、価値という事を同一視する傾《かたむき》が生じやすくはないかと思われます。すべての心的現象は過程であるからして、Bという現象は、Aという現象に次いで[#「次いで」に傍点]起るのはもちろんであります。したがってBの価値はBの性質のみによって定まらない、Bの前に起ったAと云う現象のために支配せられている事ももちろんであります。腹が減るという現象が心に起ればこそ飯《めし》が旨《うま》いという現象が次いで起るので、必ずしも料理が上等だから旨かったとばかりは断言できにくいのであります。そこで吾々はAと云う現象を心裡《しんり》に認めると、これに次いで起るべきBについては、その性質やら、強度やら、いろいろな条件について出来得る限りの撰択《せんたく》をする、またせねばならぬ訳であります。ちょうど車を引いて坂を下りかけたようなもので前の一歩は後の一歩を支配する。後の一歩は前の一歩の趨勢《すうせい》に応ずるような調子で出て行かなければ旨《うま》く行かない。人間の歴史はこう云う連鎖で結びつけられているのだから、けっして切り放して見てもその価値は分りません。仰山《ぎょうさん》に言うと一時間の意識はその人の生涯《しょうがい》の意識を包含していると云っても不条理ではありません。したがって人には現在が一番価値があるように思われる。一番意味があるごとく感ぜられる。現在がすべての標準として適当だと信じられる。だから明日《あした》になると何だ馬鹿馬鹿しい、どうして、あんな気になれたかと思う事がよくあります。昔《むか》し恋をした女を十年たって考えると、なぜまあ、あれほど逆上《のぼせ》られたものかなあと感心するが、当時はその逆上がもっともで、理の当然で、実に自然で、絶対に価値のある事としか思われなかったのであります。一国の歴史で申しても、一国内の文学だけの歴史で申してもこれと同様の因果《いんが》に束縛されているのはもちろんであります。現代の仏蘭西《フランス》人が革命当時の事を考えたら無茶だと思うかも知れず。また浪漫派の勝利を奏したエルナニ事件を想像しても、ああ熱中しないでもよかろうくらいには感ずるだろうと思います。がこれが因果であって見れば致し方がない。ただ気をつけてしかるべき事は、自分の心的状態がまだそんな廻り合せにならないのに、人の因果を身に引き受けて、やきもき焦《あせ》るのは、多少|他《ひと》の疝気《せんき》を頭痛に病むの傾《かたむ》きがあるように思います。ところが歴史的研究だけを根本義として自己の立脚地を定めようとすると、わるくするとこの弊に陥り安いようであります。というものは現に研究している事が自分の歴史なら善《よ》かろうが人の歴史である。人はそれぞれ勝手な因を蒔《ま》いて果を得て、現在を標準として得意である。それを遠くから研究して、彼の現在が、こうだから自分の現在もそうしなければならないとなると、少し無理ができます。自己の傾向がそこへ向いていないのに、向いていると同様の仕事をしなければならなくなる。云わば御付合になる。酷評を加えると自分から出た行為動作もしくは立場でなくって、模傚《もこう》になる。物真似《ものまね》に帰着する。もとより我々は物真似が好きに出来上っているから、しても構わない。時と場合によると物真似をする方がその間の手数と手続と、煩瑣《はんさ》な過
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