名《なづ》くるものはその中に含まれたる多くの書物の特性をあらわしておって、大分複雑であるのみならず、その内容を形づくっている文章がすでに純粋に[#「純粋に」に傍点]何々派をあらわしておらんから、とうてい私の展開させた両翼と全然一致しようがないのであります。けれども大体の傾向を云えば、こう分布排列しても無理はないと思います。
ところで普通の人間は今申す通り、この両極端の間をうろついております。それのみならず、この六通りのうちの一叙述をえらんだところで、えらんだのは当人で、これを聞くものまたは読むものはその隣りの叙述と受取るかも知れません。例えば月が眉《まゆ》のようだという叙述を本人は perceptual と思って述べていても、聞く人は simile と受けるかも知れません。第三者がこれを見て、どっちが間違っているとも評されません。双方共正しいとしなければなりません。そこでこう云う事は云われないでしょうか。自然派と浪漫派とは本来の傾向から云うとやはり左右に展開しているようですが或るところになると、どっちとでも解釈ができるもので、要は読者の態度いかんによって決せられるものだと云う事は。一句や二句の例ではありません。ちと比例を失するような大きな例になるかも知れませんが、ちょっと御判断を願うために御話を致します。独乙《ドイツ》で浪漫主義の熾《さかん》に起った時、御承知の通り、有名なカロリーネと云うシュレーゲルの細君がありました。この細君が夫《おっと》の朋友《ほうゆう》のシェリングと親しい仲になりまして、とうとう夫と手を切って、シェリングといっしょになります。しかもその時この女は自分の手紙のうちに、縁はこれにて切れ申|候《そうろう》。始めより二世かけてとは固《もと》より思い設けず候と書きました。しかもシュレーゲルといっしょになったのがすでに二度目なのですから、シェリングの所へ行くと三度目の細君になるのです。それで亭主の方はどうかと云うと、離婚を申し込まれた時は侠気《きょうき》を起してさっそく承知したのみならず、離別後も常にシェリングと親密な音信をしていたそうであります。もう一つこんな御話があります。東京近傍の在ですが、ある宿《しゅく》に一軒の荒物屋がありまして、荒物屋の向うに反物屋がありましたそうで。ところがその荒物屋の神《かみ》さんが、どういう仔細《しさい》か、その家《う
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