tったと見える。余は別段の返事もせず羊羹を見ていた。どこで誰れが買って来ても構う事はない。ただ美くしければ、美くしいと思うだけで充分満足である。
「この青磁の形は大変いい。色も美事だ。ほとんど羊羹に対して遜色《そんしょく》がない」
 女はふふんと笑った。口元《くちもと》に侮《あな》どりの波が微《かす》かに揺《ゆ》れた。余の言葉を洒落《しゃれ》と解したのだろう。なるほど洒落とすれば、軽蔑《けいべつ》される価《あたい》はたしかにある。智慧《ちえ》の足りない男が無理に洒落れた時には、よくこんな事を云うものだ。
「これは支那ですか」
「何ですか」と相手はまるで青磁を眼中に置いていない。
「どうも支那らしい」と皿を上げて底を眺《なが》めて見た。
「そんなものが、御好きなら、見せましょうか」
「ええ、見せて下さい」
「父が骨董《こっとう》が大好きですから、だいぶいろいろなものがあります。父にそう云って、いつか御茶でも上げましょう」
 茶と聞いて少し辟易《へきえき》した。世間に茶人《ちゃじん》ほどもったいぶった風流人はない。広い詩界をわざとらしく窮屈に縄張《なわば》りをして、極《きわ》めて自尊的に、
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