溷濁《ぎょうきこんだく》の俗界を清くうららかに収め得《う》れば足《た》る。この故に無声《むせい》の詩人には一句なく、無色《むしょく》の画家には尺※[#「糸+賺のつくり」、第3水準1−90−17]《せっけん》なきも、かく人世《じんせい》を観じ得るの点において、かく煩悩《ぼんのう》を解脱《げだつ》するの点において、かく清浄界《しょうじょうかい》に出入《しゅつにゅう》し得るの点において、またこの不同不二《ふどうふじ》の乾坤《けんこん》を建立《こんりゅう》し得るの点において、我利私慾《がりしよく》の覊絆《きはん》を掃蕩《そうとう》するの点において、――千金《せんきん》の子よりも、万乗《ばんじょう》の君よりも、あらゆる俗界の寵児《ちょうじ》よりも幸福である。
世に住むこと二十年にして、住むに甲斐《かい》ある世と知った。二十五年にして明暗は表裏《ひょうり》のごとく、日のあたる所にはきっと影がさすと悟った。三十の今日《こんにち》はこう思うている。――喜びの深きとき憂《うれい》いよいよ深く、楽《たのし》みの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。片《かた》づけようとすれば世が
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