Cをつけて、世上一般の空気をできるだけにぎやかにするためだか、そこのところがちょっと明晰《めいせき》に区別が立たないものだから、相手はばかのような気がするにもかかわらず、あまり与次郎の感化をこうむらない。
 与次郎は第一に会員の練習に骨を折っている話をする。話どおりに聞いていると、会員の多数は、練習の結果として、当日|前《ぜん》に役に立たなくなりそうだ。それから背景の話をする。その背景が大したもので、東京にいる有為の青年画家をことごとく引き上げて、ことごとく応分の技倆《ぎりょう》を振るわしたようなことになる。次に服装の話をする。その服装が頭から足の先まで故実ずくめにでき上がっている。次に脚本の話をする。それが、みんな新作で、みんなおもしろい。そのほかいくらでもある。
 与次郎は広田先生と原口さんに招待券を送ったと言っている。野々宮|兄妹《きょうだい》と里見兄妹には上等の切符を買わせたと言っている。万事が好都合だと言っている。三四郎は与次郎のために演芸会万歳を唱えた。
 万歳を唱える晩、与次郎が三四郎の下宿へ来た。昼間とはうって変っている。堅くなって火鉢《ひばち》のそばへすわって寒い寒いと言う。その顔がただ寒いのではないらしい。はじめは火鉢へ乗りかかるように手をかざしていたが、やがて懐手《ふところで》になった。三四郎は与次郎の顔を陽気にするために、机の上のランプを端《はじ》から端へ移した。ところが与次郎は顎《あご》をがっくり落して、大きな坊主頭だけを黒く灯《ひ》に照らしている。いっこうさえない。どうかしたかと聞いた時に、首をあげてランプを見た。
「この家《うち》ではまだ電気を引かないのか」と顔つきにはまったく縁のないことを聞いた。
「まだ引かない。そのうち電気にするつもりだそうだ。ランプは暗くていかんね」と答えていると、急に、ランプのことは忘れたとみえて、
「おい、小川、たいへんな事ができてしまった」と言いだした。
 一応|理由《わけ》を聞いてみる。与次郎は懐《ふところ》から皺《しわ》だらけの新聞を出した。二枚重なっている。その一枚をはがして、新しく畳《たた》み直して、ここを読んでみろと差しつけた。読むところを指の頭で押えている。三四郎は目をランプのそばへ寄せた。見出しに大学の純文科とある。
 大学の外国文学科は従来西洋人の担当で、当事者はいっさいの授業を外国教師に依頼していたが、時勢の進歩と多数学生の希望に促されて、今度いよいよ本邦人の講義も必須《ひっす》課目として認めるに至った。そこでこのあいだじゅうから適当の人物を人選中であったが、ようやく某氏に決定して、近々《きんきん》発表になるそうだ。某氏は近き過去において、海外留学の命を受けたことのある秀才だから至極適任だろうという内容である。
「広田先生じゃなかったんだな」と三四郎が与次郎を顧みた。与次郎はやっぱり新聞の上を見ている。
「これはたしかなのか」と三四郎がまた聞いた。
「どうも」と首を曲げたが、「たいてい大丈夫だろうと思っていたんだがな。やりそくなった。もっともこの男がだいぶ運動をしているという話は聞いたこともあるが」と言う。
「しかしこれだけじゃ、まだ風説じゃないか。いよいよ発表になってみなければわからないのだから」
「いや、それだけならむろんかまわない。先生の関係したことじゃないから、しかし」と言って、また残りの新聞を畳み直して、標題《みだし》を指の頭で押えて、三四郎の目の下へ出した。
 今度の新聞にもほぼ同様の事が載っている。そこだけはべつだんに新しい印象を起こしようもないが、そのあとへ来て、三四郎は驚かされた。広田先生がたいへんな不徳義漢のように書いてある。十年間語学の教師をして、世間には杳《よう》として聞こえない凡材のくせに、大学で本邦人の外国文学講師を入れると聞くやいなや、急にこそこそ運動を始めて、自分の評判記を学生間に流布《るふ》した。のみならずその門下生をして「偉大なる暗闇《くらやみ》」などという論文を小雑誌《こざっし》に草せしめた。この論文は零余子《れいよし》なる匿名のもとにあらわれたが、じつは広田の家に出入する文科大学生小川三四郎なるものの筆であることまでわかっている。と、とうとう三四郎の名前が出て来た。
 三四郎は妙な顔をして与次郎を見た。与次郎はまえから三四郎の顔を見ている。二人《ふたり》ともしばらく黙っていた。やがて、三四郎が、
「困るなあ」と言った。少し与次郎を恨んでいる。与次郎は、そこはあまりかまっていない。
「君、これをどう思う」と言う。
「どう思うとは」
「投書をそのまま出したに違いない。けっして社のほうで調べたものじゃない。文芸時評の六号活字の投書にこんなのが、いくらでも来る。六号活字はほとんど罪悪のかたまりだ。よくよく探ってみると嘘
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