ネ所作をする。しかし三四郎には、それが学者らしく思われた。口をきかないところがゆかしく思われたのだろう。三四郎は中腰になって、ぼんやりしていた。先生は断わったのが気の毒になった。
「君行くなら、いっしょに出よう。ぼくも散歩ながら、そこまで行くから」
 先生は黒い回套《まわし》を着て出た。懐手《ふところで》らしいがわからない。空が低くたれている。星の見えない寒さである。
「雨になるかもしれない」
「降ると困るでしょう」
「出入《ではい》りにね。日本の芝居小屋《しばいごや》は下足《げそく》があるから、天気のいい時ですらたいへんな不便だ。それで小屋の中は、空気が通わなくって、煙草が煙って、頭痛がして、――よく、みんな、あれで我慢ができるものだ」
「ですけれども、まさか戸外《こがい》でやるわけにもいかないからでしょう」
「お神楽《かぐら》はいつでも外でやっている。寒い時でも外でやる」
 三四郎は、こりゃ議論にならないと思って、答を見合わせてしまった。
「ぼくは戸外がいい。暑くも寒くもない、きれいな空の下で、美しい空気を呼吸して、美しい芝居が見たい。透明な空気のような、純粋で簡単な芝居ができそうなものだ」
「先生の御覧になった夢でも、芝居にしたらそんなものができるでしょう」
「君ギリシアの芝居を知っているか」
「よく知りません。たしか戸外でやったんですね」
「戸外。まっ昼間。さぞいい心持ちだったろうと思う。席は天然の石だ。堂々としている。与次郎のようなものは、そういう所へ連れて行って、少し見せてやるといい」
 また与次郎の悪口《わるくち》が出た。その与次郎は今ごろ窮屈な会場のなかで、一生懸命に、奔走しかつ斡旋《あっせん》して大得意なのだからおもしろい。もし先生を連れて行かなかろうものなら、先生はたして来ない。たまにはこういう所へ来て見るのが、先生のためにはどのくらいいいかわからないのだのに、いくらぼくが言っても聞かない。困ったものだなあ。と嘆息するにきまっているからなおおもしろい。
 先生はそれからギリシアの劇場の構造を詳しく話してくれた。三四郎はこの時先生から、〔Theatron《テアトロン》, |Orche^stra《オルケストラ》, |Ske^ne^《スケーネ》, |Proske^nion《プロスケニオン》〕 などという字の講釈を聞いた。なんとかいうドイツ人の説によると
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