オますのと、善後策の了見でくだらない事をいろいろ言うが、そんな手数《てかず》をするならば、はじめからよけいな事を起こさないほうが、いくらいいかわかりゃしない」
「まったく先生のためを思ったからです。悪気じゃないです」
「悪気でやられてたまるものか。第一ぼくのために運動をするものがさ、ぼくの意向も聞かないで、かってな方法を講じたりかってな方針を立てたひには、最初からぼくの存在を愚弄《ぐろう》していると同じことじゃないか。存在を無視されているほうが、どのくらい体面を保つにつごうがいいかしれやしない」
 三四郎はしかたなしに黙っていた。
「そうして、偉大なる暗闇なんて愚にもつかないものを書いて。――新聞には君が書いたとしてあるが実際は佐々木が書いたんだってね」
「そうです」
「ゆうべ佐々木が自白した。君こそ迷惑だろう。あんなばかな文章は佐々木よりほかに書く者はありゃしない。ぼくも読んでみた。実質もなければ、品位もない、まるで救世軍の太鼓のようなものだ。読者の悪感情を引き起こすために、書いてるとしか思われやしない。徹頭徹尾故意だけで成り立っている。常識のある者が見れば、どうしてもためにするところがあって起稿したものだと判定がつく。あれじゃぼくが門下生に書かしたと言われるはずだ。あれを読んだ時には、なるほど新聞の記事はもっともだと思った」
 広田先生はそれで話を切った。鼻から例によって煙をはく。与次郎はこの煙の出方で、先生の気分をうかがうことができると言っている。濃くまっすぐにほとばしる時は、哲学の絶好頂に達したさいで、ゆるくくずれる時は、心気平穏、ことによるとひやかされる恐れがある。煙が、鼻の下に※[#「彳+低のつくり」、第3水準1−84−31]徊《ていかい》して、髭《ひげ》に未練があるように見える時は、瞑想《めいそう》に入る。もしくは詩的感興がある。もっとも恐るべきは穴の先の渦《うず》である。渦が出ると、たいへんにしかられる。与次郎の言うことだから、三四郎はむろんあてにはしない。しかしこのさいだから気をつけて煙の形状《かたち》をながめていた。すると与次郎の言ったような判然たる煙はちっとも出て来ない。その代り出るものは、たいていな資格をみんなそなえている。
 三四郎がいつまでたっても、恐れ入ったように控えているので、先生はまた話しはじめた。
「済んだ事は、もうやめよう。佐々
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