セと教えてくれた。三四郎は肉汁《ソップ》を吸いながら、まるで兵児帯《へこおび》の結び目のようだと考えた。そのうち談話がだんだん始まった。与次郎はビールを飲む。いつものように口をきかない。さすがの男もきょうは少々|謹《つつし》んでいるとみえる。三四郎が、小さな声で、
「ちと、ダーターファブラをやらないか」と言うと、「きょうはいけない」と答えたが、すぐ横を向いて、隣の男と話を始めた。あなたの、あの論文を拝見して、大いに利益を得ましたとかなんとか礼を述べている。ところがその論文は、彼が自分の前で、さかんに罵倒《ばとう》したものだから、三四郎にはすこぶる不思議の思いがある。与次郎はまたこっちを向いた。
「その羽織はなかなかりっぱだ。よく似合う」と白い紋をことさら注意してながめている。その時向こうの端《はじ》から、原口さんが、野々宮に話しかけた。元来が大きな声の人だから、遠くで応対するにはつごうがいい。今まで向かい合わせに言葉をかわしていた広田先生と庄司という教授は、二人の応答を途中でさえぎることを恐れて、談話をやめた。その他の人もみんな黙った。会の中心点がはじめてできあがった。
「野々宮さん光線の圧力の試験はもう済みましたか」
「いや、まだなかなかだ」
「ずいぶん手数《てすう》がかかるもんだね。我々の職業も根気仕事だが、君のほうはもっと激しいようだ」
「絵はインスピレーションですぐかけるからいいが、物理の実験はそううまくはいかない」
「インスピレーションには辟易《へきえき》する。この夏ある所を通ったらばあさんが二人で問答をしていた。聞いてみると梅雨《つゆ》はもう明けたんだろうか、どうだろうかという研究なんだが、一人《ひとり》のばあさんが、昔は雷さえ鳴れば梅雨は明けるにきまっていたが、近ごろじゃそうはいかないとこぼしている。すると一人がどうしてどうして、雷ぐらいで明けることじゃありゃしないと憤慨していた。――絵もそのとおり、今の絵はインスピレーションぐらいでかけることじゃありゃしない。ねえ田村《たむら》さん、小説だって、そうだろう」
隣に田村という小説家がすわっていた。この男は自分のインスピレーションは原稿の催促以外になんにもないと答えたので、大笑いになった。田村は、それから改まって、野々宮さんに、光線に圧力があるものか、あれば、どうして試験するかと聞きだした。野々宮さんの
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