チしょに歩いていながら、相手がどこへ行くのだか、まったく知らない。今までに横町を三つばかり曲がった。曲がるたびに、二人の足は申し合わせたように無言のまま同じ方角へ曲がった。本郷の通りを四丁目の角へ来る途中で、女が聞いた。
「どこへいらっしゃるの」
「あなたはどこへ行くんです」
 二人はちょっと顔を見合わせた。三四郎はしごくまじめである。女はこらえきれずにまた白い歯をあらわした。
「いっしょにいらっしゃい」
 二人は四丁目の角を切り通しの方へ折れた。三十間ほど行くと、右側に大きな西洋館がある。美禰子はその前にとまった。帯の間から薄い帳面と、印形を出して、
「お願い」と言った。
「なんですか」
「これでお金を取ってちょうだい」
 三四郎は手を出して、帳面を受取った。まん中に小口当座|預金通帳《あずかりきんかよいちょう》とあって、横に里見美禰子殿と書いてある。三四郎は帳面と印形を持ったまま、女の顔を見て立った。
「三十円」と女が金高《きんだか》を言った。あたかも毎日銀行へ金を取りに行きつけた者に対する口ぶりである。さいわい、三四郎は国にいる時分、こういう帳面を持ってたびたび豊津《とよつ》まで出かけたことがある。すぐ石段を上って、戸をあけて、銀行の中へはいった。帳面と印形を係りの者に渡して、必要の金額を受け取って出てみると、美禰子は待っていない。もう切り通しの方へ二十間ばかり歩きだしている。三四郎は急いで追いついた。すぐ受け取ったものを渡そうとして、ポッケットへ手を入れると、美禰子が、
「丹青会《たんせいかい》の展覧会を御覧になって」と聞いた。
「まだ見ません」
「招待券《しょうたいけん》を二枚もらったんですけれども、つい暇がなかったものだからまだ行かずにいたんですが、行ってみましょうか」
「行ってもいいです」
「行きましょう。もうじき閉会になりますから。私、一ぺんは見ておかないと原口さんに済まないのです」
「原口さんが招待券をくれたんですか」
「ええ。あなた原口さんを御存じなの?」
「広田先生の所で一度会いました」
「おもしろいかたでしょう。馬鹿囃子を稽古なさるんですって」
「このあいだは鼓《つづみ》をならいたいと言っていました。それから――」
「それから?」
「それから、あなたの肖像をかくとか言っていました。本当ですか」
「ええ、高等モデルなの」と言った。男はこれより以
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