フ腰をおろすやいなやである。三四郎はすぐ口を開いた。ほとんど発作《ほっさ》に近い。
「佐々木が」
「佐々木さんが、あなたの所へいらしったでしょう」と言って例の白い歯を現わした。女のうしろにはさきの蝋燭立がマントルピースの左右に並んでいる。金で細工《さいく》をした妙な形の台である。これを蝋燭立と見たのは三四郎の臆断《おくだん》で、じつはなんだかわからない。この不可思議の蝋燭立のうしろに明らかな鏡がある。光線は厚い窓掛けにさえぎられて、十分にはいらない。そのうえ天気は曇っている。三四郎はこのあいだに美禰子の白い歯を見た。
「佐々木が来ました」
「なんと言っていらっしゃいました」
「ぼくにあなたの所へ行けと言って来ました」
「そうでしょう。――それでいらしったの」とわざわざ聞いた。
「ええ」と言って少し躊躇《ちゅうちょ》した。あとから「まあ、そうです」と答えた。女はまったく歯を隠した。静かに席を立って、窓の所へ行って、外面《そと》をながめだした。
「曇りましたね。寒いでしょう、戸外《そと》は」
「いいえ、存外暖かい。風はまるでありません」
「そう」と言いながら席へ帰って来た。
「じつは佐々木が金を……」と三四郎から言いだした。
「わかってるの」と中途でとめた。三四郎も黙った。すると
「どうしておなくしになったの」と聞いた。
「馬券を買ったのです」
 女は「まあ」と言った。まあと言ったわりに顔は驚いていない。かえって笑っている。すこしたって、「悪いかたね」とつけ加えた。三四郎は答えずにいた。
「馬券であてるのは、人の心をあてるよりむずかしいじゃありませんか。あなたは索引のついている人の心さえあててみようとなさらないのん気なかただのに」
「ぼくが馬券を買ったんじゃありません」
「あら。だれが買ったの」
「佐々木が買ったのです」
 女は急に笑いだした。三四郎もおかしくなった。
「じゃ、あなたがお金がお入用《いりよう》じゃなかったのね。ばかばかしい」
「いることはぼくがいるのです」
「ほんとうに?」
「ほんとうに」
「だってそれじゃおかしいわね」
「だから借りなくってもいいんです」
「なぜ。おいやなの?」
「いやじゃないが、お兄《あに》いさんに黙って、あなたから借りちゃ、好くないからです」
「どういうわけで? でも兄は承知しているんですもの」
「そうですか。じゃ借りてもいい。――
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