゚している。
やがて主人が原口に紹介してくれる。三四郎は丁寧に頭を下げた。向こうは軽く会釈した。三四郎はそれから黙って二人の談話を承っていた。
原口さんはまず用談から片づけると言って、近いうちに会をするから出てくれと頼んでいる。会員と名のつくほどのりっぱなものはこしらえないつもりだが、通知を出すものは、文学者とか芸術家とか、大学の教授とか、わずかな人数にかぎっておくからさしつかえはない。しかもたいてい知り合いのあいだだから、形式はまったく不必要である。目的はただおおぜい寄って晩餐《ばんさん》を食う。それから文芸上有益な談話を交換する。そんなものである。
広田先生は一口「出よう」と言った。用事はそれで済んでしまった。用事はそれで済んでしまったが、それから後の原口さんと広田先生の会話がすこぶるおもしろかった。
広田先生が「君近ごろ何をしているかね」と原口さんに聞くと、原口さんがこんな事を言う。
「やっぱり一中節《いっちゅうぶし》を稽古《けいこ》している。もう五つほど上げた。花紅葉吉原八景《はなもみじよしわらはっけい》だの、小稲半兵衛《こいなはんべえ》唐崎心中《からさきしんじゅう》だのってなかなかおもしろいのがあるよ。君も少しやってみないか。もっともありゃ、あまり大きな声を出しちゃいけないんだってね。本来が四畳半の座敷にかぎったものだそうだ。ところがぼくがこのとおり大きな声だろう。それに節回しがあれでなかなか込み入っているんで、どうしてもうまくいかん。こんだ一つやるから聞いてくれたまえ」
広田先生は笑っていた。すると原口さんは続きをこういうふうに述べた。
「それでもぼくはまだいいんだが、里見恭助《さとみきょうすけ》ときたら、まるで形無しだからね。どういうものかしらん。妹はあんなに器用だのに。このあいだはとうとう降参して、もう歌《うた》はやめる、その代り何か楽器を習おうと言いだしたところが、馬鹿囃子《ばかばやし》をお習いなさらないかと勧めた者があってね。大笑いさ」
「そりゃ本当かい」
「本当とも。現に里見がぼくに、君がやるならやってもいいと言ったくらいだもの。あれで馬鹿囃子には八通り囃し方があるんだそうだ」
「君、やっちゃどうだ。あれなら普通の人間にでもできそうだ」
「いや馬鹿囃子はいやだ。それよりか鼓《つづみ》が打ってみたくってね。なぜだか鼓の音を聞いていると、
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