ッのわからないとらわれ方である。三四郎はいまいましくなった。そういう時は広田さんにかぎる。三十分ほど先生と相対していると心持ちが悠揚《ゆうよう》になる。女の一人や二人どうなってもかまわないと思う。実をいうと、三四郎が今夜出かけてきたのは七|分方《ぶがた》この意味である。
 訪問理由の第三はだいぶ矛盾《むじゅん》している。自分は美禰子に苦しんでいる。美禰子のそばに野々宮さんを置くとなお苦しんでくる。その野々宮さんにもっとも近いものはこの先生である。だから先生の所へ来ると、野々宮さんと美禰子との関係がおのずから明瞭になってくるだろうと思う。これが明瞭になりさえすれば、自分の態度も判然きめることができる。そのくせ二人の事をいまだかつて先生に聞いたことがない。今夜は一つ聞いてみようかしらと、心を動かした。
「野々宮さんは下宿なすったそうですね」
「ええ、下宿したそうです」
「家をもった者が、また下宿をしたら不便だろうと思いますが、野々宮さんはよく……」
「ええ、そんな事にはいっこう無頓着《むとんじゃく》なほうでね。あの服装を見てもわかる。家庭的な人じゃない。その代り学問にかけると非常に神経質だ」
「当分ああやっておいでのつもりなんでしょうか」
「わからない。また突然家を持つかもしれない」
「奥さんでもお貰いになるお考えはないんでしょうか」
「あるかもしれない。いいのを周旋してやりたまえ」
 三四郎は苦笑いをして、よけいな事を言ったと思った。すると広田さんが、
「君はどうです」と聞いた。
「私は……」
「まだ早いですね。今から細君を持っちゃたいへんだ」
「国の者は勧めますが」
「国のだれが」
「母です」
「おっかさんのいうとおり持つ気になりますか」
「なかなかなりません」
 広田さんは髭《ひげ》の下から歯を出して笑った。わりあいにきれいな歯を持っている。三四郎はその時急になつかしい心持ちがした。けれどもそのなつかしさは美禰子を離れている。野々宮を離れている。三四郎の眼前の利害には超絶したなつかしさであった。三四郎はこれで、野々宮などの事を聞くのが恥ずかしい気がしだして、質問をやめてしまった。すると広田先生がまた話しだした。――
「おっかさんのいうことはなるべく聞いてあげるがよい。近ごろの青年は我々時代の青年と違って自我の意識が強すぎていけない。我々の書生をしているころには、す
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