ノしろ適当な日本人を一人大学に入れるのが急務だと言い出す。みんなが賛成する。当然だから賛成するのはむろんだ。次にだれがよかろうという相談に移る。その時広田先生の名を持ち出す。その時三四郎は与次郎に口を添えて極力先生を賞賛しろという話である。そうしないと、与次郎が広田の食客《いそうろう》だということを知っている者が疑いを起こさないともかぎらない。自分は現に食客なんだから、どう思われてもかまわないが、万一|煩《わずら》いが広田先生に及ぶようではすまんことになる。もっともほかに同志が三、四人はいるから、大丈夫だが、一人でも味方は多いほうが便利だから、三四郎もなるべくしゃべるにしくはないとの意見である。さていよいよ衆議一決の暁は、総代を選んで学長の所へ行く、また総長の所へ行く。もっとも今夜中にそこまでは運ばないかもしれない。また運ぶ必要もない。そのへんは臨機応変である。……
与次郎はすこぶる能弁である。惜しいことにその能弁がつるつるしているので重みがない。あるところへゆくと冗談をまじめに講義しているかと疑われる。けれども本来が性質《たち》のいい運動だから、三四郎もだいたいのうえにおいて賛成の意を表した。ただその方法が少しく細工《さいく》に落ちておもしろくないと言った。その時与次郎は往来のまん中へ立ち留まった。二人はちょうど森川町《もりかわちょう》の神社の鳥居《とりい》の前にいる。
「細工に落ちるというが、ぼくのやる事は自然の手順が狂わないようにあらかじめ人力《じんりょく》で装置するだけだ。自然にそむいた没分暁《ぼつぶんぎょう》の事を企てるのとは質《たち》が違う。細工だってかまわん。細工が悪いのではない。悪い細工が悪いのだ」
三四郎はぐうの音《ね》も出なかった。なんだか文句があるようだけれども、口へ出てこない。与次郎の言いぐさのうちで、自分がまだ考えていなかった部分だけがはっきり頭へ映っている。三四郎はむしろそのほうに感服した。
「それもそうだ」とすこぶる曖昧《あいまい》な返事をして、また肩を並べて歩きだした。正門をはいると、急に目の前が広くなる。大きな建物が所々に黒く立っている。その屋根がはっきり尽きる所から明らかな空になる。星がおびただしく多い。
「美しい空だ」と三四郎が言った。与次郎も空を見ながら、一間ばかり歩いた。突然、
「おい、君」と三四郎を呼んだ。三四郎はまた
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