がるつもりでいたところをお迎えで――と言ったまま、そこへすわって、自分の顔を正視した。この時はたから二人《ふたり》の様子を虚心に観察したら、重吉のほうが自分よりはるかに無邪気に見えたに違いない。自分は黙っていた。彼は白足袋《しろたび》に角帯で単衣《ひとえ》の下から鼠色《ねずみいろ》の羽二重《はぶたえ》を掛けた襦袢《じゅばん》の襟《えり》を出していた。
 「今日《きょう》はだいぶしゃれてるじゃないか」
 「昨夕《ゆうべ》もこの服装《なり》ですよ。夜だからわからなかったんでしょう」
 自分はまた黙った。それからまたこんな会話を二、三度取りかわしたが、いつでもそのあいだに妙な穴ができた。自分はこの穴を故意にこしらえているような感じがした。けれども重吉にはそんなわだかまりがないから、いくら口数を減らしてもその態度がおのずから天然であった。しまいに自分はまじめになって、こう言った。
 「実は昨夕もあんなに話した、あのことだがね。どうだ、いっそのこときっぱり断わってしまっちゃ」
 重吉はちょっと腑《ふ》に落ちないという顔つきをしたが、それでもいつものようなおっとりした調子で、なぜですかと聞き返した。
 「なぜって、君のような道楽ものは向こうの夫になる資格がないからさ」
 今度は重吉が黙った。自分は重ねて言った。
 「おれはちゃんと知ってるよ。お前の遊ぶことは天下に隠れもない事実だ」
 こう言った自分は、急に自分の言葉がおかしくなった。けれども重吉が苦笑いさえせずに控えていてくれたので、こっちもまじめに進行することができた。
 「元来男らしくないぜ。人をごまかして自分の得ばかり考えるなんて。まるで詐欺だ」
 「だって叔父《おじ》さん、僕は病気なんかに、まだかかりゃしませんよ」と重吉が割り込むように弁解したので、自分はまたおかしくなった。
 「そんなことがひとにわかるもんか」
 「いえ、まったくです」
 「とにかく遊ぶのがすでに条件違反だ。お前はとてもお静さんをもらうわけにゆかないよ」
 「困るなあ」
 重吉はほんとうに困ったような顔をして、いろいろ泣きついた。自分は頑《がん》として破談を主張したが、最後に、それならば、彼が女を迎えるまでの間、謹慎と後悔を表する証拠として、月々俸給のうちから十円ずつ自分の手もとへ送って、それを結婚費用の一端とするなら、この事件は内済にして勘弁してや
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