いて兄に報告をする義務がまだ残っている事に気がついた。自分は何と報告して好いかよく解らなかった。云うべき言葉はたくさんあったけれども、それを一々兄の前に並べるのはとうてい自分の勇気ではできなかった。よし並べたって最後の一句は正体が知れないという簡単な事実に帰するだけであった。あるいは兄自身も自分と同じく、この正体を見届ようと煩悶《はんもん》し抜いた結果、こんな事になったのではなかろうか。自分は自分がもし兄と同じ運命に遭遇したら、あるいは兄以上に神経を悩ましはしまいかと思って、始めて恐ろしい心持がした。
 俥《くるま》が宿へ着いたとき、三階の縁側《えんがわ》には母の影も兄の姿も見えなかった。

        四十

 兄は三階の日に遠い室《へや》で例の黒い光沢《つや》のある頭を枕《まくら》に着けて仰向《あおむ》きになっていた。けれども眠ってはいなかった。むしろ充血した眼を見張るように緊張して天井《てんじょう》を見つめていた。彼は自分達の足音を聞くや否や、いきなりその血走った眼を自分と嫂に注いだ。自分は兼《かね》てからその眼つきを予想し得なかったほど兄を知らない訳でもなかった。けれども室
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