増して来たら、眼が覚めた。襟《えり》の所がぞくぞくする。それから起きて表へ出て空を見たら、星がいっぱいあった。あの星は何しに、あんなに光ってるのだろうと思って、また内へ這入《はい》った。金《きん》さんは相変らず平たくなって寝ている。金さんはいつジャンボー[#「ジャンボー」に傍点]になるんだろう。自分と金さんとどっちが早く死ぬだろう。安さんは六年このシキ[#「シキ」に傍点]に這入ってると聞いたが、この先何年|鉱《あらがね》を敲《たた》くだろう。やっぱりしまいには金さんのように平たくなって、飯場の片隅《かたすみ》に寝るんだろう。そうして死ぬだろう。――自分は火のない囲炉裏の傍《はた》に坐って、夜明まで考えつづけていた。その考えはあとから、あとから、仕切《しき》りなしに出て来たが、いずれも干枯《ひから》びていた。涙も、情《なさけ》も、色も香《か》もなかった。怖《こわ》い事も、恐ろしい事も、未練も、心残りもなかった。
夜が明けてから例のごとく飯を済まして、親方の所へ行った。親方は元気のいい声をして、
「来たか、ちょうど好い口が出来た。実はあれからいろいろ探したがどうも思わしいところがないんでね、――少し困ったんだが。とうとう旨《うま》い口を見附《めっ》けた。飯場の帳附《ちょうつけ》だがね。こりゃ無ければ、なくっても済む。現に今までは婆さんがやってたくらいだが、せっかくの御頼みだから。どうだねそれならどうか、おれの方で周旋ができようと思うが」
「はあありがたいです。何でもやります。帳附と云うと、どんな事をするんですか」
「なあに訳はない。ただ帳面をつけるだけさ。飯場にああ多勢いる奴が、やや草鞋《わらじ》だ、やや豆だ、ヒジキだって、毎日いろいろなものを買うからね。そいつを一々帳面へ書き込んどいて貰やあ好いんだ。なに品物は婆さんが渡すから、ただ誰が何をいくら取ったと云う事が分るようにして置いてくれればそれで結構だ。そうするとこっちでその帳面を見て勘定日に差し引いて給金を渡すようにする。――なに力業《ちからわざ》じゃないから、誰でもできる仕事だが、知っての通りみんな無筆の寄合《よりあい》だからね。君がやってくれるとこっちも大変便利だが、どうだい帳附は」
「結構です、やりましょう」
「給金は少くって、まことに御気の毒だ。月に四円だが。――食料を別にして」
「それでたくさんです」
と
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