精神がその通りである。一人芝居の真最中でとんぼ返りを打って、たちまち我れに帰った。音はまだつづいている。落雷を、土中《どちゅう》に埋《うず》めて、自由の響きを束縛《そくばく》したように、渋《しぶ》って、焦《いら》って、陰《いん》に籠《こも》って、抑《おさ》えられて、岩にあたって、包まれて、激して、跳《は》ね返されて、出端《では》を失って、ごうと吼《ほ》えている。
「驚いちゃいけねえ」
と初さんが云った。そうして立ち上がった。自分も立ち上がった。三人の坑夫も立ち上がった。
「もう少しだ。やっちまうかな」
と、鑿《のみ》を取り上げた。初さんと自分は作事場《さくじば》を出る。ところへ煙《けむ》が来た。煙硝《えんしょう》の臭《におい》が、眼へも鼻へも口へも這入《はい》った。噎《む》せっぽくって苦しいから、後《うしろ》を向いたら、作事場ではかあん、かあんともう仕事を始めだした。
「なんですか」
と苦しい中で、初さんに聞いて見た。実はさっきの音が耳に応《こた》えた時、こりゃ坑内で大破裂が起ったに違ないから、逃げないと生命《いのち》が危ないとまで思い詰めたくらいだのに、初さんはますます深く這入る気色《けしき》だから、気味が悪いとは思ったが、何しろ自由行動のとれる身体ではなし、精神は無論独立の気象《きしょう》を具《そな》えていないんだから、いかに先輩だって逃げていい時分には、逃げてくれるだろうと安心して、後《あと》をつけて出ると、むっとするほどの煙《けむ》が向うから吹いて来たんで、こりゃ迂濶《うっかり》深入はできないわと云う腹もあって、かたがた後《うしろ》を向く途端《とたん》に、さっきの連中がもう、煙の中でかあん、かあん、鉱《あらがね》を叩《たた》いているのが聞えたんで、それじゃやっぱり安心なのかと、不審のあまりこの質問を起して見たんである。すると初さんは、煙の中で、咳《せき》を二つ三つしながら、
「驚かなくってもいい。ダイナマイト[#「ダイナマイト」に傍点]だ」
と教えてくれた。
「大丈夫ですか」
「大丈夫でねえかも知れねえが、シキ[#「シキ」に傍点]へ這入《はい》った以上、仕方がねえ。ダイナマイト[#「ダイナマイト」に傍点]が恐ろしくっちゃ一日だって、シキ[#「シキ」に傍点]へは這入れねえんだから」
 自分は黙っていた。初さんは煙の中を押し分けるようにずんずん潜《くぐ》って行く
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